「日常生活がもたらす安心感」
児童養護施設に入所する子どもの中には、その日暮らしの生活を強いられてきた子どももいます。今回はあたりまえのように過ごしている日常生活が与える影響について考えます。
『5歳のタロウくんが施設に入所して1年。入所した当初は生活リズムがなかなか整わず、朝寝坊して朝食に間に合わないことがありました。毎朝決まった時間に職員がタロウくんを起こし、タロウくんが顔を洗っていると台所から包丁の音が聴こえてきます。そして食卓の席につくと温かいご飯が出てきて、生活をともにする子どもや職員と一緒に食卓を囲みます。そうした朝の過ごし方が毎日繰り返されるうち、タロウくんは朝起きたら顔を洗い、トイレを済ませて食卓へ向かうことが自然と身につきました。また、幼稚園に行く時間までに準備をするなど、先の見通しをもって行動できるようになり、生活全体に落ち着きと安心感が出てきました』
それまでの生活体験で、食事をきちんと摂る習慣がなかったため、食卓に座っていられない、年齢相応の学力が身についていない、入浴の習慣がなく、きちんと身体を洗えないといった子がいます。毎日決められた場所で決められたことをする「日課」と異なり、「日常生活」とは、日々の出来事や子どもの体調などにより柔軟性を持ちながら、同じリズムで淡々と流れるものです。〝起床・登校・入浴・食事・学習〟など、就寝時間以外はある程度の幅を持たせ、〝時間をみて子どもが自主的に行動できる生活〟になるよう工夫することが必要です。
例えば、物を大切にしない子どもに〝粗末にしてはダメでしょう…物は大切にしなさい〟と教える前に、「この子は大切にされた実感を持っているのだろうか?」と考えます。その子に、「〝自分は大切にされている〟って思ったのはどんな時?」と質問してみると、「そんなことは一度もない…私はいつもダメな子だった」と悲しそうに話すかもしれません。その場合、この子に必要なのは〝しつけ〟ではなく、生活を通して〝大切にされるとはどういうことなのか〟を実感してもらうことなのです。
ただの掃除や洗濯と思われがちな家事も、子ども達を養育していく上ではとても重要な意味を持ちます。生活空間を清潔に保つために、大人が掃除しているのを見ることによって子ども達は、過去に体験したであろう生活とは異なる方法・形を学ぶことができます。毎日きれいに洗濯された衣類がきれいに畳まれることで、その衣類に袖を通した時に感じられるうれしさがあります。引きっぱなしの布団で就寝するのではなく、お日さまの匂いがする布団で眠るからこそ感じられる温かさがあります。
朝起きて顔を洗い、朝ご飯を食べ、歯磨きやトイレを済ませてから登校する。帰宅後は宿題をしてから友達と遊び、夕食を食べてからお風呂に入り、就寝する。そんなあたりまえの生活を家で経験したことのない子ども達がいます。彼らにとってこれまでの生活は、毎日何が起こるかわからない…一日の見通しも立ちにくいものだったと言えます。そうした生活を送ってきた子ども達に、見通しを持った生活を体験させていくことが大切です。それは、普段の何気ない日常生活がもたらすものなのです。
*参考:『よくわかる社会的養護内容』(ミネルヴァ書房)