児童養護施設の現場から

掲載日:2018年4月1日(日)

「夢を持っていいんだ…」

公的責任で養育される子ども達が生活する場所を大きく分けると、家庭的環境で養育を受ける「児童福祉施設」と、実親による養育と同様の生活環境である里親等の「家庭」の二つが挙げられます。入所型の児童福祉施設で代表的なのは〝児童養護施設〟です。児童養護施設とは、保護者と暮らせない2歳から18歳までの児童が生活する施設です。18歳まで生活した後、就職や進学などによって社会へ巣立っていきますので、退所後の相談や自立に向けた援助も行うこととされています。ここで施設退所後に進学した子ども達の声を引用させていただきます。

〇私は今、短大に通って観光の勉強をしている。3年前までの自分を思い出すと、今の自分が夢の中にいるような錯覚を起こしそうになる。高2のある日…担当職員が「5年後にどんな生活をしていたい?」と聞いてきた。〝自分がしたいこと〟〝していたい生活〟〝就きたい仕事〟なんて考えてみたこともなかったから、その時は何一つ答えられなかった。でも担当は、私の希望することを根気強く聞き出してくれた。すると、自分でも全く気づかなかった自分の夢に、思いを馳せるようになっていた。

〇自分が高校を卒業してから進学するなんて、まさか考えたこともなかったけど、職員は〝可能性〟と〝実現するための方法〟を細かく優しい言葉で何度も話してきた。一番大切なのは俺の気持ちだとも言った。気づいたら俺の中で〝大学へ行けるなら行ってみたい…〟という気持ちが芽生えていた。学力・学費・進路後の生活…進学するためにたくさんの問題があるけど…〝やるだけならやってみてもいいか…〟と思えるようになってきた。

厚生労働省によれば、全高卒者が大学や専門学校へ進学する割合は8割程度であるにもかかわらず、児童養護施設から高校を卒業した子ども達が進学する割合は2割程度だそうです。加えて、「中卒や高校中退で社会に出ている施設出身者が3割程度いる」とも言われていますので、児童養護施設出身者が大学や専門学校へ進学する割合はさらに低いものとなります。また、中学卒業後に就職した場合、職種も限定されます。就職3年での離職率は、中卒で7割、高卒で5割、大卒で3割と言われ、中卒後や高校中退での就職は彼らの生活を不安定にする要因になります。つまり、施設出身者の大半は高卒以下の学歴で社会に出て、就労による収入で衣食住を一人で賄っていることとなります。こうした低年齢で低学歴での社会的自立が非常に不安定で困難なものであることは明らかです。

では、進学する希望はありながらも、実現をむずかしくさせている背景には何があるのでしょうか。もちろん子ども自身の学習意欲や能力も関係しますが、それを単に「学力不足」という個人の問題として見るのは適当ではありません。子ども達には「教育を受ける権利」があるにもかかわらず、家庭が安心して過ごせる場所でなかった子ども達の多くは、学ぶ時間を確保することができず、学ぶ意欲も削がれてきました。よって、適切な養育を受けられなかった元の家庭での学習環境の不備に加え、施設入所に伴う転校等、これまで生活していた地域社会と異なる生活環境の中で、新たな関係を築きながら暮らすことを余儀なくされるという何重ものハンデが「学力不足」を生み出しているとも言えます。

 また、施設の子ども達が大学等に進学するのがむずかしい要因として、「経済的な問題」も挙げられます。施設を退所後、親や親族から経済的支援を受けられる子は極めて稀です。入所施設の子ども達が大学等へ進学するのを助けてくれる奨学金制度も徐々に増えてきていますが、募集人数の制限や給付金額が限定的なものもあり、まだまだ十分ではないため、引き続いての拡充が求められています。

*出典:「施設で育った子どもの自立支援」(明石書店)
    「よくわかる社会的養護」(ミネルヴァ書房)