まず『武士道』の著者として有名な新渡戸稲造博士の言葉を紹介します。『世渡りの道』という本にある言葉です。
「とかく物事には明暗の両方面がある。私は光明の方面から見たい。そうすれば、おのずから愉快な念が湧いてくる。人がその生涯の中で遭遇する物事は、善意にも悪意にも解せられるものが多く、物そのもの、事そのこと自体は絶対的に善でもなく悪でもない場合が多い。したがって、人生なるものはめいめいの心の置きよう、すなわち心の持ちようによって、どうにでも取れる。世の中がうるさいと思えば、いたたまれないほどにうるさいし、結構だと思えば、御礼の申し上げようもないほど結構になる。ゆえに私は、世に処するに善意をもってし、『チアフル』(愉快)に世渡りしたい」
物事は新渡戸博士が言われるように、善にも悪にも解釈できることが多いように思います。
今回は物事を明るく見ることが人生にとってプラスになるという話をします。
プラス思考、マイナス思考ということをよく聞きます。よく例に挙げられるのが、いっぱいに入っているコップの水を飲んで半分になった時、〝もう半分になってしまった〟と思う人がマイナス思考の人、〝まだ半分もある〟と思う人がプラス思考の人ということです。
アメリカの大学で50歳の人を対象に、「〝もう50歳〟と思いますか、それとも〝まだ50歳〟と思いますか」という質問をしました。そして回答者達のその後の寿命を追跡調査したところ〝まだ50歳〟と答えたプラス思考の人の方が〝もう50歳〟と答えたマイナス思考の人より平均で十年以上長生きだったそうです。
また、イギリスの大学では修道女を対象にした調査をしました。修道女は、暴飲暴食や酒・ギャンブル・煙草といった心身に悪いことを一切しない、非常に健康的で規則的な生活をします。基本的には恋愛も結婚もしません。そういう修道女は、一般の人よりもみな寿命が長いらしいのです。その修道女を対象に、プラス思考・マイナス思考の調査をしました。修道院に入ってきた時の動機を書いたものがあったので、それを見てプラス思考・マイナス思考に分けました。プラス思考に分類されたのは、〝神に仕え、世のため人のために尽くしたい〟と書いていた人です。もう一方のマイナス思考の方は〝世の中が嫌だ。修道院に逃げ込みたい〟と書いていた人です。この調査の結果、非常に健康的な生活をしている修道女でも、プラス思考の人の方がマイナス思考の人より十年以上寿命が長かったということです。
この調査をした大学の先生が言っています。
「禁煙によって延びる寿命は大体三~四年ぐらいと言われている。それが明るい世界観を持つことで十年寿命が延びる。これは非常に注目に値することだ」
その通りだと思います。
杉山先生や御開山上人は、「良いところを見つけて、とにかく人をほめなさい」と言われました。子どもを育てる時は特に大事になります。ほめることはプラス思考で、叱りつけることはマイナス思考なのです。
イギリスの大学で行った禁煙プログラムの実験です。平均して二十年以上、一日10本程度の喫煙習慣があって今後禁煙を考えている人を600人集め、300人ずつ2つのグループに分けました。一方はほめるグループ、もう片方は叱るグループです。ほめるグループでは「昨日はどうでした?(煙草を)吸いましたか?」「吸ってしまいました」「何本ですか?」「8本です」「あっ、2本も減りましたね。よく頑張りましたね。明日はもう1本減らしましょう」「はい、頑張ります」という感じです。一方、叱るグループでは「昨日は吸いましたか?」「いやぁ、吸ってしまいました」「全くダメですね!」と叱りつけました。
しばらく続けていくと、禁煙を我慢できなくなって、半分の300人がほめる・叱るに関係なく離脱しました。禁煙はなかなかむずかしいものです。残りの300人が頑張ってそのプログラムを続けましたが、またそこから100人が離脱し、最終的に200人が残りました。追跡調査によりますと、その200人は実験が終わった後もずっと禁煙が続いていたということです。そして、なんと全員がほめられたグループの人達だったのです。やはり、ほめることが大事だということです。
話を戻しますが、プラス思考がなぜ良いか、寿命が延びるかということですが、あるテレビ番組でお医者さんがこういうことを言っていました。
「物事を明るく捉える人は心が若いのです。心が若いと、それに伴って肉体も若くなるのです」
年をとると、物事を否定的に捉えがちになります。〝もう年だから駄目だ〟〝もう年だからしょうがない〟というようにです。これはやはり、心が老化し、身体も老化しているのだと思います。やはり〝まだまだ〟と思うプラス思考が大事ではないでしょうか。
医学博士の岩崎一郎という脳科学者がいます。この方は〝どうしたら人は幸せになれるだろう〟と、脳の使い方の研究をされています。
岩崎博士は、京都大学の大学院を卒業してから、脳科学の研究が進んでいるアメリカのウィスコンシン大学に留学しました。そこで〝人間の脳にはアクセルとブレーキがある〟ということを知りました。脳の中で最も発達した部位である前頭前野の左側にアクセルがあり、右側にブレーキがあるそうです。アクセルというのはプラス思考で、ブレーキはマイナス思考です。アクセルが働くと、気持ちが前向きで、行動力や集中力が高まり、ブレーキが働くと行動や思考が抑制的になり、やる気がどんどん落ちていくということです。このブレーキの部分が強く働き続けると鬱になるそうです。
ウィスコンシン大学では、1000人以上の人を対象に脳波測定装置をつけ、脳のアクセルの活性が高いのはどのような人なのかを調べました。その結果、フランス人のマシュー・リカールという人が、一番脳のアクセルが活性化していました。この人は脳のアクセルの活性の値が普通の人の100倍ぐらい高いことがわかりました。この人は僧侶です。フランス人ですが、チベットのダライ・ラマ法王のお弟子さんで、法王の通訳として世界中を回っていたという人です。この人はこの実験の時、修行歴四十年程でした。そのリカール氏が瞑想に入ると、普段でも普通の人より100倍活性化している脳が、500倍活性化したそうです。岩崎博士が言われるには、この人は脳科学的に世界で一番幸せな脳の持ち主だそうです。
ところで、リカール氏が瞑想で何をするかというと、〝慈悲の心で世界の平和や人の幸せを祈る〟ということです。この後に他のチベットのお坊さん達に協力をしてもらって調べてみると、リカール氏と同様に全員脳のアクセル部分が活性化していたそうです。世界平和や人々の幸せを願っている人ばかりだったということです。
岩崎博士は、「プラス思考の一番は菩薩精神だ」と言われます。「世界平和や人の幸せを祈る。この菩薩精神が一番のプラス思考、一番脳の働きにいい影響を与え、身体の健康にも良く、認知予防にも、認知改善にも良い」と言われているのです。
また、果てしなく広がる空間の中で、〝この広大な宇宙に比べたら自分はなんと小さな存在だろう〟と思ったり、あるいは、登山をして山の頂に立ち、360度広がる空の下で他の山々の連なりや雲海を見渡し、ちっぽけな自分を感じるというような、大宇宙や大自然の悠久さ、広大さを前に自分の小ささを感じる体験を、脳科学ではAwe(オウ)体験というそうです。
岩崎博士によると、このAwe体験をしている時、その人の脳はとても活性化しているそうです。理由は、Awe体験すると自分の我(エゴ)が少なくなり、謙虚な気持ちになれるのです。謙虚になると、他者や自然の力に対して感謝の気持ちが起き、その結果、前向きな心になり、〝世の中のため、誰かのために役立ちたい〟という心になるのです。この時、脳は通常の何十倍、時には何百倍も活性化するそうです。
上野支院前主管・橋本妙富先生は、海外旅行に行かれたことがありませんでした。二十年ほど前のハワイ団参の時に「ぜひ行きましょう」とお誘いしました。「支院の留守番があるから…」と躊躇されていましたが、支院は他の方に任せてハワイに行かれました。そしてハワイで橋本先生が「来て良かったです。実はずっと悩んでいることがあったんですが、ハワイのこの真っ青な海を見たら、全部忘れてしまいました」と言われました。
これも一つのAwe体験ではないかと思います。ハワイの真っ青な海を見て脳が活性化し、〝ああ、あんなこと、たいしたことではない〟と思われたのでしょう。
このAwe体験は、映像を見ることでも効果があるそうです。画面に映る大自然や宇宙を見ることで、軽微なAwe体験となり、脳の活性化につながるのだそうです。
あるテレビ番組で、ベンチャー企業の若い社長さんが、「必ず宇宙の動画を大きな画面で見てから寝る」と言っていました。「宇宙の動画を見てから寝ると、すごくリラックスしてよく眠れる」とのことでした。多分これもAwe体験だったのではないかと思います。
また徳の高い人の崇高な振る舞いを見聞することもAwe体験となり、脳は驚くべき変化をするそうです。
岩崎博士は言われます。
「皆さんの中には筋トレ(筋力トレーニング)をされている方があると思います。筋トレというのは、いくつになってもやればやるだけ筋力がつきます。それと同じで、脳も鍛えれば鍛えるほど活性化して、よく働くようになります。誰でも年をとると認知症になるわけではないんです。筋トレを全くしないと筋肉が落ちていくのと同じで、脳も鍛えて活性化させていかないと、退化していきます。脳は鍛えれば鍛えるほど、筋トレと同じように活性化していくのです」
「ドイツの大学で平均年齢60歳の人達に協力してもらい、ジャグリングを使った実験を行いました。25人の被験者には三カ月間練習してもらい、別の25人にはジャグリングをしないでもらいました。三カ月後、それぞれのグループの人達の脳を調べると、ジャグリングを練習していた人達の、動体視力を司る脳の部分がとても活性化していることがわかったのです」
動体視力とは人や物との距離感や速度を認識する力です。動体視力は、眼球よりも脳や神経の働きで決まるもので、一般的に20歳前後にピークとなり、年齢とともに低下していくと言われています。動体視力は自動車の運転には不可欠なものです。
テレビに100回以上出演した栗田昌裕という医学博士がいます。この方は東京大学の理学部数学科の大学院を出た後に東京大学の医学部を卒業した人です。18歳の時に禅宗で得度をしています。また座禅・ヨガ・気功・東洋医学に精通している方で、さらに独自の速読法・SRS(スーパー・リーディング・システム)の開発者でもあります。(栗田博士は昭和62年に日本で初めて一分間に一冊の本を読破する速読の一級試験に合格しています)この速読のためには脳を活性化しなければなりません。そこで開発したのが指回し体操です。
栗田博士は「指回し体操を毎日すると脳力開発だけでなく、健康増進に役立つ。頭脳を刺激して老化を防ぐ。情緒が安定する。仕事の効率が上がる。美容に役立つ。身体が柔軟になる」と言っておられます。
指回し体操は指で半球形のドームを作って、まず親指だけを外してグルグル回します。前回し、後ろ回しをします。次に人差し指、中指、薬指、小指と順番にしていきます。これだけでさまざまな効果があるわけですから、やってみる価値は大いにあると思います。
最後に紹介したいのが、岩崎博士が提唱する〝日常すぐにできて、とても効果的な脳磨きの方法〟です。それは「感謝をすること」です。感謝をすると、脳がすごく活性化するそうです。感謝を言葉にすると、さらに良いそうです。その言葉を聞いた相手の脳も活性化するそうです。例えば夫婦で奥さんが料理を作って出し、旦那さんが「おいしかった。ありがとうね」と言うと、言った本人の脳は当然活性化しますが、言われた奥さんの脳も活性化するということです。
岩崎博士は「感謝には恩恵的感謝と普遍的感謝がある」と言われます。恩恵的感謝とは〝自分に良いことがあった〟と解釈できる時の感謝です。普遍的感謝とは、感謝の気持ちをいつも抱いている心のあり方です。「生きていることに感謝」「家族や仲間がいることに感謝」など、あらゆるものに感謝の気持ちを抱いている状態です。この状態がとても幸せな脳の状態だそうです。
結論です。私達が日々学んでいる法華経の教えは〝心身の健康や脳磨きに最高だ〟ということです。