言葉の力

掲載日:2024年7月1日(月)

私が理事長をしております昭徳会が経営する施設の中に、自閉症と診断された知的障がい者を支援する泰山寮があります。昨年退職した寮長が、若い頃、施設に入所している男の子に親指の先を噛みちぎられたことがありました。

 後で事情を聞いてみたところ、次のような経緯でした。ちょうどクリスマスの時期、その子がとても横着だったので、「そんな風だと、お前だけサンタさん来ないぞ」と言ったところ、いきなり噛みつかれたそうです。その時に寮長は〝普段は全く言葉が通じないのに…〟と不思議に思ったというのです。後でわかったのですが、ほめ言葉や、逆の嫌な言葉は感覚的にわかるようです。

 昔から日本人は言葉には、特別な霊力が宿っていると信じてきました。「言霊」信仰です。どんな言葉にも、その言葉の持つ波動のような力があるというのです。

 言葉は、人間だけでなく動物や植物にも通じ、影響を与えます。犬や猫を飼っている方は言葉が動物に通じることをよくご存じだと思いますが、言葉は植物にも通じるのです。例えば庭の花がきれいに咲いた時、「きれいに咲いたね」とほめると、また次もきれいに咲くそうです。

 以前、日本テレビの番組の中で、サボテンと話ができる主婦が登場しました。主婦が庭のサボテンに話しかけると、それに応えて返事をするというのです。サボテンに4Dメーター(四次元波受信器)という機械をつなぐとサボテンの発する声(音)が聞けるのです。

 この実験は他のテレビ局の特番でも何度か紹介されています。

 4Dメーターにつないだキャベツやダイコンを切ろうとすると悲鳴のような音を発するそうです。実際に切ると、大きな音を発してから無音になるというのです。

 こういう話を知ると、料理ができなくなりそうですが、私達は命あるものを食べなければ生きていくことができません。他の命をいただいて生かされているのです。すべての食べ物に日々心から感謝しなければと思います。

 言葉は生きものだけではなく、無生物にも通じます。昔、上野支院の犬飼妙淳法尼が「日常使うもの、例えば掃除機や洗濯機、冷蔵庫に毎日『ありがとう』と感謝の言葉をかけてお題目を唱えると、故障せず、すごく長持ちしますよ」と言われていました。

 経営コンサルタントの船井幸雄さんも「言葉は物にも通じる」と、ご自分の体験を講演で話しておられました。今の自動車は走行中に燃費の表示が出ますが、船井さんが高速道路を走行中、車に「ありがとう」と言い続けたところ、燃費がどんどん良くなったといいます。このことから船井さんは「言葉は物にも通じる」と言っておられるのです。

 私も車に乗る度に声をかけるようにしています。朝、自宅を出発する時、「今日もたのむよ」と。また帰宅して車を車庫に入れた時、車体を触って「一日ありがとう」と言います。車は自分の命を運んでくれるものですから、そういうふうに声をかけるのも良いかなと思っています。

 無生物には言葉が通じるだけでなく、思いを込めることもできます。北川八郎さんという繁栄の法則を説く経営コンサルタントがいます。普段、仙人のような生活をされている方ですが、私は「真実の経営論」を説かれていると感じています。

 その北川さんの講演会に、あるパン屋さんが来ていました。講演後そのパン屋さんが自分の作ったパンをお土産に、北川さんに会いに来ました。

「うちのパンには何かもう一つ足りないものがあると思うんです。それを先生に教えてもらいたくて来ました」

「どういうパンを目指していますか?」

「皆さんが本当においしいと言ってくださるパンを目指しています」

 北川さんが少し食べてみると、とてもおいしいパンでした。

「では、パンの中に癒しの心を込めることをしてみてはどうですか。つまり、作る時に〝このパンを食べた人が安らぎ、心の痛みが取れますように。このパンで多くの人の心が癒されますように〟と祈りながら作るのです」

 このパン屋さんは「わかりました。良いことを聞きました」と、それ以来祈りを込めてパンを作るようになり、意図せず、結果的に商売繁盛につながったそうです。

 北川さんは陶芸家でもありますが、器を作る時に〝この器を手にする人に、神の恵みがありますように〟〝病の人は、病が軽くなりますように〟〝怒りの人は怒りの森から抜け出られますように〟と祈りを込めるそうです。

 東京のデパートで個展を開いて陶器を売っていた時のことです。デパートの人が「北川さん、どうも苦情の電話のようですよ」と言うので電話に出てみると、陶器を買った男性からの電話でした。聞いてみると、その人の奥さんは随分前から目を悪くして、最近はほとんど見えなくなっていたそうです。その奥さんが北川さんの作った湯呑みを手に持って、「この器はなんて優しいの。これを持っているだけで心が癒されるわ」と言って涙を流したというのです。それを見ていたその人は〝変な器ではなかろうか〟と不審に思って電話してきたというのです。北川さんは、その時改めて、優しさや安らぎ、癒しを祈りに込めることの大切さを強く感じたそうです。

 思いは物に伝わり、人の心に入っていきます。物を作る時、売る時、良き祈りを込めることは本当に大事だと思います。

 言葉というものに私達は影響を受けますが、お医者さんの言葉はその影響、大であると思います。2012年に天皇陛下(現・上皇陛下)の冠動脈バイパス手術を執刀された天野篤先生はその後、順天堂大学医学部附属順天堂病院の院長になられました。普通、そのような先生にはなかなか手術をしてもらえません。「神の手」と呼ばれ、天皇陛下の手術を執刀したような偉い先生ですからあたりまえです。ところが、天野先生は一日に4件の手術をされることもあるそうです。また、どんな人でも分け隔てなく手術をされます。運良く天野先生に手術をしてもらえることが決まった人は〝神の手に手術をしてもらえる〟と大喜びです。しかし、謙虚な天野先生が「私は何も特別ではありませんよ」と言うと、患者さんはガッカリして帰って行ったと言います。そこで天野先生は〝言葉が大事だ〟と思われ、「天皇陛下の手術からもう何年も経っています。その間に私もさらに進化していますから任せてください」と言うようにされたそうです。言われた患者さんは、もう治ったような気分で帰って行ったそうです。

 お酒がお好きだった天野先生は、天皇陛下の手術をする前の晩も、助手の医師や看護師さん達と一緒にイタリア料理を食べながら、ワインを飲まれたそうです。しかし、今はいつでも、24時間対応できるようにお酒を止められたそうです。

『幸せはガンがくれた』という一風変わった題名の本を書いた川竹文夫さんという方がいます。この方はNHKでテレビのディレクターをしていました。腎臓ガンを克服され、その後、NHK教育テレビスペシャル『人間はなぜ治るのか』というガン治癒に関するドキュメンタリー番組を作られました。自らの心の力によって絶望から生還し、真の健康と新しい人生を築いたガン患者さん達の喜びに満ちた証言は、多くの人に希望と勇気を与え、大きな反響を呼びました。その内容を書籍化したのがこの本です。

 川竹さんはこの本で興味深い話をたくさん書いておられます。その中に「言葉が癒す」という章があります。そこに心臓病が誤解によって治ったという話があります。

 ハーバード大学・医学部に心臓治療の権威のバーナード・ローンという先生がいました。その先生のところに重篤な心臓発作を起こした患者さんが運び込まれてきました。ある朝の回診の時、ローン先生が患者さんの胸に聴診器をあてるなり、医局員達に向かって「完全なサード・ハート・サウンド・ギャロップ(第三音奔馬調)を示している」と言いました。それは心臓が末期的症状であることを意味していました。もはやどんな治療も効果がないということです。ところが、その日を境に患者さんは持ち直し、ついには退院していったというのです。奇跡が起こったのです。

 数カ月後の検診で、ローン先生はその患者さんに、〝どうして良くなったのか〟と思わず尋ねたところ、その患者さんは言いました。「実は病院に入院した時には〝もう助からない〟と思っていたのです。ところが、ある朝の回診の時に先生は私の心臓は『馬のように元気だ』と言われましたよね。それを聞いて〝治るぞ。生きるぞ〟と思ったのです」

「ギャロップ」という言葉を誤解したのです。ギャロップとは〝馬が疾走する〟という意味です。ローン先生は〝心臓が制御不能な末期的状態だ〟ということを言ったのですが、患者さんは〝自分の心臓はまだ馬のように元気だ。まだまだ死なない。大丈夫だ〟と受け止め、その言葉に勇気をもらって元気になったのです。

 もう一つ紹介します。福島県立医科大学に熊代永さんという精神科の教授がいました。この方の旧知の女性が乳ガンの末期で、ある病院に入院していました。本人も家族も非常に落ち込んでいたため、何とか励ましたいと思って、自然退縮(治療を受けずにガンが自然に小さくなり、消失・治癒すること)の研究をしている中川俊二という人の書かれた本を持って見舞いに訪れたそうです。どんな末期でも治ることがあることを知ってほしくて、その女性にその本を読むことを勧めました。

 四週間後、再びその女性を見舞いに病院へ行ったところ、病棟の廊下で担当医とすれ違いました。その医師がいきなり言いました。

「どうも不思議なことがあるものです。たった一度の見舞いが関係あるとは思えないのですが、あの患者さんは先生が見舞われた次の日から、急にどんどん良くなって、歩いて退院して行きました。先生は精神科医ですが、そのことと関係があるのでしょうか。不思議です」

 この言葉を聞いた熊代先生は驚いて、その女性の自宅を訪ねました。家族は何度もお礼の言葉を述べながら、次のように言いました。

「熊代先生が見舞いに来られたのは午後でしたが、同じ日の午前中に別の見舞客があって、その人も患者を励まそうと自然退縮の新聞記事を見せたのです。そんなこともあるのかと思っていると、今度は熊代先生が来られて同じ話をされたのです。一日に二度も同じ話を聞き、二度目は専門家の先生の話でした。本人は深く納得し、感動して、〝よし、私も、これで行く〟と決意し、それを境にみるみる元気を回復したのです」

 熊代先生が、「ご本人は今どうされていますか」と聞くと、「畑仕事に行ってます」とのことでした。

 西洋医学の父と讃えられる古代ギリシャの医師ヒポクラテスは、「病気を治す上で一番大切なものは、〝言葉〟であり次に薬草、その次がメス(手術)である」と言っています。

 川竹さんは1997年にNPO法人『ガンの患者学研究所』を設立し、独自の学問体系である「ウェラー・ザン・ウェル」を創始しました。ウェルとは、ガンになる以前の健康な状態。ウェラーとは、それよりもさらにもっと健康な状態。つまり、〝自らの努力によってガンを治した人は、ガンになる以前よりも心身ともに、はるかに健康で幸せな人生が送れるようになる〟という意味だそうです。

 2003年に川竹さんの研究所が「ガン患者千百人集会」というものを主催しました。現在闘病中の患者千人と、末期ガンから生還した人百人が集いました。そして、生還者が自身の体験をユーモラスに語るのです。

 大腸ガンを克服した人の話です。手術の前に激痛があり、その人は担当医に「とにかく、ほかの患者さんよりも、私の手術を早くしてください」と言いそうになったそうです。2回目の激痛が襲ってきた時、「先生、手術の道具を持ってきてください。自分で手術しますから」と言ったそうです。そして3回目の激痛が襲ってきた時、痛みで気を失いそうになりながら、ナースコールを押して思わず叫んでしまったそうです。

「救急車を呼んでください!」

 その人は自分で言いながら笑ってしまいました。するとスーッと痛みが消えたそうです。

 次は、末期の肺ガンを克服した人の話です。この人は学生時代に落語研究会にいて、おもしろい話を考えるのが得意だったそうです。肺ガンの手術をした晩、開胸手術をしたため、息をする度に傷口が痛んだというのです。そして痛みがある度にナースコールを押しました。最初のうちはいいけど、5回も6回もとなると、さすがに看護師さんも、「またですか。もう『痛い、痛い』ばかり言うけれど、一つぐらい痛くない所はないの?」と言ったそうです。

 それに対してこの人は言ったそうです。

「ある、あなたと一緒にいたくない」

 この人は、ガンを克服した後、会社を退職し、年に一度9月にガン患者やその家族を招待して「いのちに感謝の落語会」をボランティアで開いているそうです。ガン患者集会に集まった人達の多くが、この落語会に行くのを楽しみにしているそうです。

 名古屋在住の人で、末期の前立腺ガンを克服した人がいます。体調不良で検診を受けて、お医者さんから余命3カ月を宣告されました。ホスピスを勧められたのですが、それを断り、経営していた会社を人手に渡し、公私ともに身辺の整理をし、痛み止めを使いながら食生活だけを注意して、これまでできなかったことをたくさんやったそうです。楽しいことをしながら人生を満喫していた7年目、突然の発熱で意識を失って緊急入院し、検査の結果、何とガンが消えていたそうです。お医者さんも首をかしげるばかりだったそうです。

 この人は余命宣告をされてから、今日一日を「ありがとう」の感謝の心で生きていたそうです。

 もう一つ、この人がしたことがあります。

「良くなる良くなる。きっと良くなる。ずんずん良くなる。必ず良くなる」という言葉を毎日何度も唱えていたのです。そして同じことを紙に書いて、いろいろな場所に貼ったそうです。この人は65歳で余命宣告をされましたが、それ以後82歳まで元気に楽しく過されました。まさにウェラー・ザン・ウェルの人生だったのです。

 体験談発表の後、今度は質疑応答を繰り返す分科会が行われます。治った話をこれでもかと聞いた闘病中の人達は〝だんだん自分も治る〟という気分が高まってきます。最後には、ガンを治したい千名の内から、自分で手を上げて決意表明をする人が次々に壇上に上がります。

「Aです。今日から自分の生き方を180度変えて絶対に生き続けます」「次回の千百人集会には治った百人の中に絶対入ります」「余命3カ月と言われましたが、3カ月で治します」「今日から私は変わります。そして〝ガンよ、ありがとう〟と言いたいと思います」

 これらの決意表明の後には大きな拍手とともに、千百人全員からの大エールが会場いっぱいに響きわたります。

「Aさんは治る。治る。治った!おめでとう!」というエールです。

「『Aさんは治る』と千百人が声に出して言う、この強い思いのこもった言葉は言われた人だけでなく、これを言った全員に強い影響を与え、実現に向かわせるのです」と川竹さんは言っておられます。

 言葉の力、思いの力は偉大です。