今を大切に生きる

掲載日:2024年5月1日(水)

 皆さん幽霊の絵を見られたことがありますか。日本の幽霊は、だいたい若い女性の恨めしい目をした姿と相場が決まっていますが、その幽霊には、三つの特徴があります。まずは、おどろ髪を後ろに長く引いているということです。これは済んでしまった過去にこだわっている、過去に縛られているということを表しています。次に、両手を前に出しているということです。これは先のことをいろいろ不安に思い、取り越し苦労をして、生きる姿勢が前のめりになっていることを表しています。そして三番目に、足がないということです。これは今がないということです。大事な今をしっかりと生きていないということを表しています。すなわち、幽霊の絵というものは我々の日常の心を反省させるためのものだということです。

 今の大切さをお釈迦さまは次のように言っておられます。

「過ぎ去れるを追うことなかれ。未だ来らざるを思うことなかれ。過去、それは既に捨てられたり。未来、それは未だ到らざるなり。されば、ただ現在するところのものを、そのところにおいてよく観察すべし。揺らぐことなく、動ずることなく、それを見きわめ、それを実践すべし。ただ今日まさに作すべきことを熱心になせ。たれか明日死のあることを知らんや。まことに、かの死の大軍と、遭わずというは、あることなし。よくかくの如く見きわめたるものは、心を込め、昼夜おこたることなく実践せよ」

「マインドフルネス瞑想」という、アメリカを中心に流行している瞑想法があります。これは〝今この瞬間を大切に生きよう〟という考え方にもとづいています。

 マサチューセッツ大学医科大学院のジョン・カバット・ジン教授が禅を学び、精神医療の分野で瞑想を取り入れてみたところ、思いのほか効果があり、それが後に「マインドフルネス・ストレス低減法」と呼ばれる治療法となり、世界的に注目されるようになりました。

 よく現代社会はストレス社会といわれます。さまざまなストレスが重なって、多くの人が悩みを抱えています。今を生きているのに心の中は過去のことでくよくよしたり、まだ来ていない未来のことで不安いっぱいになっている人が少なくありません。先ほどの幽霊の絵と同じです。そんなストレスを解消し、今この瞬間を大切に生きるために、マインドフルネス瞑想法がアメリカを中心に広まってきたということです。マイクロソフトやグーグル、アマゾンのような世界一流の会社で、社員教育として取り入れられて非常に効果を上げているようです。

 瞑想法というのは、元々右脳を活性化し精神を安定させ、集中力、直感力を高めます。

「七田式幼児教育法」という教育方法があります。七田眞さんという人が始めた右脳幼児教育です。聞くところによると、幼児に俳句や短歌、漢詩を暗記させるそうです。また、高速で次々に絵を見せて覚えさせたりもするそうです。イメージ力・記憶力・想像力、ひらめきを司る右脳は0歳から6歳まで活発に働き、特に0歳から3歳くらいまでに行うと、ものすごく効果があるそうです。3歳までの子どもは100%右脳状態で、それからだんだん左脳に脳の働きが移行していくそうです。七田眞さんの後を継いだご子息の七田厚さんが言われるのですが、子どもに右脳教育をするために一つ大事なポイントがあるそうです。それは、〝愛情〟だそうです。

 愛情を感じた時に子どもは心を開き、右脳も活性化するそうです。それには読み聞かせがいいということです。絵本でも普通の本でも読み聞かせをすると、すごく右脳が活性化するということです。これを知って私も娘の家に行くと孫達が〝読んで〟と本をたくさん持ってきますので、必ず全部読んでやるようにしています。読み聞かせによって右脳が活性化するのは子どもだけではないそうです。驚くことですが、寝たきりのアルツハイマー病の高齢者でも、読み聞かせによって症状が良くなることがあるそうです。

 東北大学の加齢医学研究所に川島隆太という有名な脳トレの先生がいます。この方が九州にある老人施設で脳トレの講演と指導をされました。その時、一人の女性介護職員が「先生、幼児に絵を見せながら読み聞かせをするような感じでやってもいいんですか?」と聞きました。「いいですよ。どういう人にするんですか?」と聞いたら、「三年間寝たきりの重度のアルツハイマー病の85歳の女性です」と言いました。先生はその状態では無理だと思われましたが、とてもやる気のある職員さんだったので、「やってみてください」と励まして施設を後にしました。3カ月後に東北大学に連絡がきました。

「あの女性が良くなりました。椅子に座って自力学習ができるようになりました」

 川島先生は腰を抜かすほど驚いて、すぐに飛行機で九州のその施設に行って、自分の目で確かめたそうです。その後、その女性は自宅に戻ったそうです。これぐらい読み聞かせというのは、老若男女を問わず右脳が活性化するということです。心身ともに健康になるということです。一般の人は音読をするといいそうです。はっきりと声に出して、句読点をしっかり意識して読むとすごく右脳の活性化と健康に良いということです。

 書道家の武田双雲さんという方がいます。この方はたくさん本を出されていますが、その中に『丁寧道』という本があります。丁寧道の道は茶道や華道と同じ道です。どんなことにも丁寧に取り組むことで、マインドフルネス瞑想のような効果があるようです。すべてに感謝をして、上機嫌で心を込めて丁寧にすることで自然に幸せを感じる状態になるというのです。例えば、お風呂に入って髪を洗うとき、普通はまずシャンプー容器のポンプを押し、出てきたシャンプーを手に取り髪を洗い、お湯で流して終わりですが、丁寧道は違います。まず、全神経をポンプに集中させ、心を込めて丁寧にポンプを押す。そのときポンプの音に耳を澄ませる。それから〝ポンプを押すだけでなぜシャンプーが出てくるのか〟に思いを馳せる。〝メーカーが一生懸命、創意工夫をして開発してくれたお陰。こんな便利なものをありがとう〟と感謝をする。そうして楽しそうに髪を洗う。歯を磨く時は、歯ブラシの毛先の様子をよく見て、そこに歯磨き粉をつける。口に入れたら歯に当る瞬間の感触やブラシの動きに意識を集中し、口の中がきれいになることに喜びを感じながら笑顔で磨く。お風呂や温泉に入る時、湯につかる瞬間から足で温度を感じつつ、湯の肌触りや体がほぐれていくのを味わいながら、「あ~極楽だ」と言って、笑顔になってみる。すべてをこのように感謝して、上機嫌に心を込めて丁寧にすると、すべてのことに幸せを感じられるようになるということです。

 武田さんは、「『丁寧道』でやっていることは、茶道を大成した千利休と同じです」と言われます。

「そもそも、お茶を淹れて飲むという行為は、言ってしまえば、茶葉や抹茶に湯を注いで飲むという動作にすぎません。でも、それをあえて、茶杓や棗にまでこだわって抹茶を茶碗に入れ、さらに作法に則りながら茶釜から柄杓を使ってお湯を注ぎ、茶筅でお茶を点ててお客に出す。客の方でも、茶碗を回していろんな方向から愛でながら、掛け軸や挿してある花を眺め、勧められたお茶を香りまで味わいつつ、飲み干す音や袱紗・懐紙の捌き方にも意識を払う。すなわち、お茶とその場のすべてを丁寧に五感で味わうということです。丁寧道は茶道と共通しています」

 また次のように言われています。

「丁寧を意識して上機嫌で生きていると、その良い波動や興味関心のエネルギーが周りに伝わり、自分のところにプラスの反応として返ってくるのです。僕自身、楽しいめぐりあわせが頻発するようになり、その仕組みが見えるので、もう雑な生き方は絶対にできません」

 私自身、この本を読んでから、色々なことに丁寧道を意識しています。特に自動車の運転は楽しみながら、丁寧に安全確認をするように心掛けています。

 また、特に大事なことは、人間関係を丁寧にすることだと思います。

 私達は時に言いたいことを言ってしまうことがあります。そして後で後悔をします。〝あんなこと言わなければよかった〟〝あんなことしなければよかった〟という後悔も少なくありません。そういう後悔をなくすのが人間関係を丁寧にするということではないか、と思います。

 以前、こんな話を歴史の本で読みました。中国の春秋戦国時代に、斉という国がありました。そこに夷射という名前の大臣がいました。ある時、王に招かれて宴会に出て、すっかり酒に酔ってしまったので、酔い覚ましに外に出てちょっと門によりかかっていました。そこに門番が「ちょっとお酒を恵んでもらえませんか」と言ってきました。よく見るとその門番は片足がありません。足切りの刑を受けた元囚人だったのです。それを見て夷射は「あっちへ行け。お前みたいな囚人あがりにやる酒なんかない」と言ったのです。その後、夷射がいなくなると、口汚く罵られた門番は、門にあたかも立小便したような形で水をまきました。翌日、王が門を出てきて「誰だ、こんなところに立小便したのは」と怒鳴りました。そこで門番が何食わぬ顔で「私は見てはおりませんが、昨夜、夷射様がその辺に立っておられました」と答えました。その後、王は夷射を死刑に処したということです。

 これは極端な話ですが、どんな時も人に接する時は丁寧にするべきです。

 アメリカにオグ・マンディーノという成功哲学系の作家がいます。オグ・マンディーノは若い頃に人生に挫折しました。妻に逃げられて酒に溺れてピストル自殺をしようとするところまでいきました。そこから立ち上がって作家として大成功しました。そして晩年に『オグ・マンディーノ 人生を語る』という本を書きました。その中で、彼の人生を変えた17のルールの内の第10を最後に紹介したいと思います。

 それは『今日一日限りの命のつもりで人に接する』です。

「もし今日会った人々がその日の終わりまでに永遠に逝ってしまうとわかっていたら、その人とどう接しますか。どうするか、おわかりですね。これまでより、思いやりと心づかい、優しさと愛情をもって接するはずです。そして、相手はあなたの優しさにどう反応するでしょうか。無論、あなたがこれまでほかの人から受けたことはないほど、思いやりやいたわり、協力的な態度や愛情を示すはずです。これを毎日繰り返すとします。そして、そうした無私の愛情で一日を満たせば、あなたはこの先どうなるでしょう。すでに笑みを浮かべておいでですね。答えはおわかりのようです。間違いなく本物の幸せを手に入れることができます」

 これこそが人間関係の丁寧道の極意だと思います。