笑いと健康

掲載日:2023年1月1日(日)

昨年の九月に家内を亡くしました。一時は毎晩のように寂しい気持ちがつのってきました。寂しい時、苦しい時、人間はどうしたらよいのでしょうか。実はそういう時ほど、「意識的に笑う」ことが大事だそうです。
 東日本大震災の折り、家が流されて避難所生活を送っていたあるご婦人が、こんな川柳を詠みました。
〝哀しみを 知って笑いを 深くする〟
 避難所で、同じく家を失った仲間とともに食事を作る中で生まれた句だそうです。作業中には、しばしば誰かが冗談を言い、そのつど笑いが起きたそうです。「笑うことで皆が支え合っていたんです」と彼女は後に語っています。
〝苦しい時に笑うなんて無理だ〟と考える方もあると思いますが、人間はあらゆる動物の中で唯一、おかしくなくても笑える能力を持っています。
 笑顔をつくると、表情筋の変化を感知した脳は〝おもしろいと感じている〟と認識します。笑い声を立てると、さらに脳は〝楽しいのだ〟と思い込み、幸せな気分になれるのです。このメカニズムを利用した簡単なトレーニングがあります。
 お風呂に入った時、笑顔をつくって「ワッハッハ」と腹式呼吸の要領で5回ぐらい言ってみるのです。言い終わったとき、確実に気持ちが明るくなっていることを感じます。脳をだましているのですが、ぜひだまされたと思ってやってみてください。私も毎晩やっています。

ものまねタレントのコロッケさんのお話です。コロッケさんは自分に対して長い間一つの疑問があったそうです。それは〝自分は世の中の人の役に立っているのだろうか?〟という疑問でした。ずっとそれを考えていたところに東日本大震災が起こりました。居ても立ってもおられず、すぐに石巻にいろいろな救援物資を持っていったそうです。そして、避難所となっていた体育館に一般のボランティアの方と一緒に炊き出しのお手伝いをしたそうです。その炊き出しの列に並んでいた年配の女性がコロッケさんを見つけて「ああ、コロッケだ。何かやってよ」と言ったそうです。そこでコロッケさんは「今は大変な時ですし、そんな不謹慎なことは…」と言いました。すると、その女性が「私、十日間も笑ってないのよ。笑わせてよ」と言いました。やっていいものかどうかと思いながら、恐る恐る森進一さんの『おふくろさん』のものまねをやったそうです。するとその人だけでなく、周りの人も皆笑ってくれました。小さな笑いの輪がそこにできたのです。その内にあちこちから「こっちでもやってよ」と声がかかり、そこら中で得意のものまねをすると、それまで暗かった体育館の雰囲気が急に明るくなったそうです。コロッケさんは〝自分の使命はこれだ〟と思ったそうです。それから何度もボランティアに通われたそうです。そしてその都度、リクエストに応じてものまねを披露されたそうです。
 ある避難所での話です。「コロッケが来た」と聞くと、どこでも人が集まって来たそうです。そこでも「あ、コロッケ」と言って走ってきた人がいたのですが、コロッケさんを見るなりガッカリしていたそうです。食べるコロッケだと勘違いしたのです。それ以来、コロッケさんは必ず食べるコロッケをたくさん持っていくようにしたそうです。

筑波大学の名誉教授だった村上和雄先生は遺伝子研究の第一人者です。村上先生が遺伝子は実はどんな人でも2パーセントくらいしか働いていないと言っておられます。後の98パーセントは何をしているのかわからないそうです。もし後の眠っているような遺伝子を活躍させることができたのなら、人間はもっと変わると言われます。ただ遺伝子には良い遺伝子と悪い遺伝子があるそうです。例えば、免疫力をあげる遺伝子。ガンになるのを防ぐ遺伝子もあれば、逆にガンになりやすくする遺伝子もあるそうです。これは村上先生の研究でわかったのですが、前向きな考えの人は良い遺伝子のスイッチがオンになりやすいそうです。物事をマイナス思考で考える人は悪い遺伝子のスイッチがオンになりやすいとも言っておられます。また、よく感謝する人は良い遺伝子がオンになりやすいそうです。最晩年に言っておられたのが「神仏を敬う心を持つことが大事だ」ということでした。
 村上先生が一時期長く研究しておられたのが笑いです。「笑うことによって良い遺伝子のスイッチがオンになり、悪い遺伝子のスイッチがオフになる。だから大いに笑った方がよい」という話を著書に書いておられます。
 村上先生は2003年1月に吉本興業と組んである実験をされました。糖尿病の患者さんを25人集めて、500キロカロリーのお寿司を食べてもらい、その後に大学の先生に糖尿病に関する講義を45分間してもらい、その2時間後の血糖値を測定しました。すると平均上昇値が123ミリグラムでした。中には200ミリグラムも上がった人もいたそうです。翌日にまたお寿司を食べてもらって、今度はB&Bの漫才を45分間聞いてもらい、血糖値を測りました。平均上昇値は77ミリグラムでした。糖尿病の専門家の話を聞いた時よりも46ミリグラムも下がっていたのです。たくさん笑った人ほど余計に下がっていたこともわかりました。これはすごいことだというので、アメリカの糖尿病の専門誌『ダイアベーツ・ケア』に投稿されました。これが話題になり、ロイター通信が世界中に配信しました。すると筑波大学が大変なことになったそうです。「B&Bという薬を分けてほしい。どこで買えるのか」という問い合わせが世界中から殺到したそうです。普通は食事制限をしたり、いろいろ制約があるのに、何もせずに血糖値が下がるのだからそんなに良い物はないということです。

余談ですが、B&Bの島田洋七さんの話はとてもおもしろいです。私も『佐賀のがばいばあちゃん』が流行った時に講演を聞きに行ったことがあります。島田紳助さんが当時テレビで「がばいばあちゃんの話が次から次へと出てくるが、一体どんだけあるんだ」と冗談で言っていました。要するにどれだけ創作しているんだということです。
 れいわ新選組から参議院選挙に出て当選した水道橋博士が『藝人春秋』という本を書いています。その中に洋七さんのことが書かれています。
「洋七さんの話は8割が作り話なんですよ。それでね、あとの2割が嘘なんです」
 とにかく洋七さんはおもしろい話をされます。

村上和雄先生は『日本笑い学会』に入っておられましたが、そこに入会して「笑いは決して笑い事ではない」と知ったそうです。〝どの民族の神話にも笑いがある。神さまも仏さまも大いに笑っておられたのではないか〟と村上先生は思われたそうです。一説によりますと、かのイエス・キリストの周辺には楽しい笑いがいつも満ちあふれていたそうです。キリストはいつも民衆に囲まれ、仲間と楽しく談笑しながら、会食をすることが多かったそうです。村上先生の著書にこんな話も載っていました。
「私は、チベットのダライ・ラマ法王と何度も対談をしていますが、ダライ・ラマ法王は非常によく笑われます。一緒に写真を撮るときに、私と肩を組んで、耳をコチョコチョとくすぐられる。私が驚くと、『おまえ、笑いの研究をしてるんだろう。もうちょっと笑え』と言われました。非常に茶目っ気があります。彼はチベット問題には命がけです。彼の人生はまさに『ニコニコ顔で命がけ』です」

次はリウマチと笑いの話を紹介します。リウマチの専門家の日本医大の吉野槙一先生が、1995年3月にある実験をしました。落語家の林家木久蔵(現在の林家木久扇)さんに頼んで手足の関節が変形してしまっている重度のリウマチの女性患者26人の前で、生で落語を1時間やってもらいました。すると、数値が改善したのです。リウマチの患者さんはまじめな人が多いそうです。あまり笑わないそうです。そういう人が落語を聞いて笑ったら非常に効果があったのです。
 インターロイキン6という炎症の程度を示す物質があります。落語を聞いて笑ったら26人中22人の数値が顕著に下がったといいます。中には健康な人の10倍以上あったのに、正常値に戻った人もいたそうです。リウマチが悪化するとインターフェロンガンマという物質が増えるそうなのですが、これも減ったそうです。普通このインターフェロンガンマを減らすためにはステロイドを大量に使わなければいけないそうです。それが一時間笑っただけで効果があったのです。
 インターロイキン6を下げるのには全身麻酔を使うと一番効果があるそうです。大笑いをすると全身麻酔をかけたくらいの効果があるということです。この実験が終わった後で、本当によく笑った人は三週間全く鎮痛剤がいらないくらいの効果があったそうです。
 吉野先生もアメリカのリウマチ専門誌『ジャーナル・オブ・リューマトロジー』に、木久蔵さんの写真入りで投稿したそうです。

愛知県在住の理学療法士の伊坪浩幸さんという方がいます。この人は理学療法士なのですが、今は腹式呼吸を使った笑いの伝道師として有名です。この人は理学療法士として愛知県がんセンターで働いていたのですが、重度のうつ病になってしまいました。いろいろなストレスが重なり、うつ病になったのです。薬を飲み始めたのですが、副作用で眠たくなり、睡魔に襲われて空き時間に横になっていると、同僚から「よくサボるようになったな」と言われるようになりました。それが辛くて横になれなくなりました。さらに実家が食料品店をしていたのですが、近所に大きなスーパーができて潰れてしまいました。その後、お父さんが脳梗塞で倒れてしまったのです。そういう悪いことが重なって、うつ病がどんどん悪くなっていきました。〝もう死にたい〟という感じになったそうです。周りから「休職をして回復を待ったらどうか」と言われたのですが、休職したらもっと悪くなるような気がして仕事を無理に続けたのです。するとある日、がんセンターの患者さんを見舞いに来た方が伊坪さんの顔を見るなり「あんた、患者より悪い顔してるな」と言いました。そして伊坪さんに勧めたのが笑うことです。
「笑わないといけないよ。とにかく笑わないといけない。実は私も末期ガンだったんだ。このがんセンターに入院していたんだけど笑いによってガンを治したんだよ。うつ病なんて笑えば治るよ」と言われ、それから無理やり笑うようにしたそうです。がんセンターの通勤時間の一時間、車の中で無理やり笑ったそうです。三年間それを続けました。しかし、改善の兆しが見られませんでした。そうするとある女性の患者さんから「腹式呼吸で笑うときっと効果がありますよ」とアドバイスをされました。「口先だけでワハハではなく、腹式呼吸でワッハッハと笑うといいですよ。これは自律神経を刺激するからすごくいいんですよ」と言われて、それをやったそうです。そうすると、改善がみられ、うつ病がまったくどこかに消えてしまったのです。現在まで8年ぐらい毎日継続されているそうですが、今では腹式呼吸の笑いの伝道師となっていろいろなところで講演をされています。非常に評判がいいそうです。

お医者さんで笑医塾を主催されている高柳和江先生という方がおられます。法音寺でも講演をしていただいたことがあります。高柳先生も笑うことを勧められているのですが、それ以上にほめる、ほめ合うことを勧めておられます。
 人はほめられると必ず笑顔になる。そして、ほめた人もその笑顔を見てまた笑顔になる。
 高柳先生の本には「ほめられると認知症の人でも良くなる。認知症の人で何も聞いていないような人でも横でほめてあげると、それが真実の言葉であれば必ず良い影響を与える」とあります。高柳先生の経験では全く目をつむって反応をしない、口も開けないおばあさんをほめ続けたら、口が開いて食べられるようになり、普通に話をすることができるようになったそうです。脳梗塞で手足のまひがひどかった人でもほめることで良くなったそうです。一つコツがあるそうです。右の耳ではなく、左の耳からほめた方が良いと言います。左の耳は右脳に通じています。右脳は感情の脳だから左からほめた方が良い影響があるということです。
 高柳先生が金沢で笑医塾の講演会をされた時にある夫婦が来られました。講演後にどうしても先生に報告したいことがあると言って、直接会いに来られました。話を聞くと、奥さんが二年前にリウマチになって、それがどんどん悪化して、電動ベッドに寝たきりになったのです。全身の痛みがひどくて、よく夜中に目が覚めました。夜中に目が覚めた時にたまたまラジオをつけると、ラジオ深夜便で高柳先生が「笑いましょう。ほめ合いましょう」という話をしておられました。奥さんは即、実行しました。するとめきめき元気になりました。二年後の今は毎日出歩いて、美容院にも、趣味の会にも出かけるようになりました。ご主人の方も硬直性脊椎炎になって両手が動かなくなったのですが「先生の言われることを実践したんですよ。毎日、二人でほめ合っていたら主人の手も動くようになりました。お父さんちょっと動かしてみて」と言うと、旦那さんがスムーズに手を動かして見せたそうです。
「私達は富山に住んでいるのですが、先生が金沢に講演に来られるというので、今日は車で来ました。もちろん主人が車を運転してきてくれたんです」

「ほめ合う暮らしを続けましょう」というのは、法音寺の昔からの標語です。皆さん実践あるのみです。がんばりましょう。