最近はコロナの影響からリモートで仕事をし、会議をする方が多いと思いますが、法音寺でもこの度、御法推進全国大会をリモートで開催することになりました。
先代の日達上人が入院されていた年の御法推進全国大会の折、「何かお言葉をいただけませんか」と病院でお願いすると、「生きている間しか徳は積めないから、『皆さん一生懸命に徳を積むように頑張ってください』と伝えてほしい」と言われました。結局それが最後の御教化となり、お通夜の席でも皆さんにお伝えしました。本当に生きている間しか徳は積めません。それなのに私達は徳よりも罪障を重ねてしまうものです。
毎年最終講日に懺悔文を読みます。その最後には次のようにあります。
「一切の業障海は 皆妄想より生ず 若し懺悔せんと欲せば 端座して実相を思え 衆罪は霜露の如し 慧日能く消除す」(観普賢菩薩行法経)
「一切の業障海」とは私達の罪障のことです。罪障は「妄想」から起こるということです。「妄想」とは実体のない虚妄の想念です。人間のさまざまな欲望、邪念のことです。
「莫妄想=妄想する莫かれ」という禅語があります。〝余計なことは一切考えるな〟という意味です。
日蓮聖人の時代、二度にわたって蒙古が日本に攻めてきました。その時の鎌倉幕府の執権は北条時宗でした。時宗は執権となっての一番の懸案が蒙古襲来でした。〝蒙古にもし負けることがあれば、日本は占領されてしまう。蒙古を何としても打ち破らなければいけない。日本の興廃がそこに掛かっている〟と、時宗はずっと考えていました。
時宗は長く建長寺の無学祖元に学んでいました。弘安四年いよいよ蒙古が襲って来るという時、時宗は無学祖元のもとに行き、「この度はかねてより教えを受けてまいりました、その成果が試されるべき時であると存じます。もうこれまで十分に教えを受けておりますから、多くをうかがおうとは思いませんが、この大事に処する自分の覚悟を決めるため、一言ご教示を願いたい」と言いました。それに対して無学祖元は「莫妄想」と言ったのです。
武士は名誉を大変重んじます。死に方ということまで考えます。無学祖元はそれに対して〝一切余計なことは考えるな。ただ日本を守るということだけを考えよ〟という意味で、「莫妄想」と言ったのです。その言葉をもらって時宗は「ありがとうございました」と拝謝して戦いに臨んだということです。その後は皆さんが御存じのように神風が吹き、日本は蒙古に打ち勝ちました。
国家の存亡がかかった一戦として私が思うのは日露戦争の日本海海戦です。司馬遼太郎さんの『坂の上の雲』を読まれた方も多いと思いますが、日本海海戦は日露戦争のクライマックスです。ロシアのバルチック艦隊と日本の連合艦隊が対馬沖で戦いました。その時の連合艦隊の司令長官が後に「東洋のネルソン」と言われた東郷平八郎元帥です。ネルソンとはイギリスの提督で、トラファルガーの海戦でナポレオン軍を破ったイギリスの英雄中の英雄です。東郷元帥は対馬沖でバルチック艦隊と対峙した時、Z旗を掲げて艦隊に対して「皇国の興廃この一戦にあり、各員一層奮励努力せよ」と打電し全軍の士気を鼓舞しました。そして、東郷元帥はさっと右手を上げ、その手をゆっくり左に向けて下ろしました。
「取り舵一杯」
加藤友三郎参謀長の大きな声が響きました。これが歴史上名高い「トーゴーターン」、捨て身の敵前大回頭です。この後、両艦隊の激しい砲撃戦の後、バルチック艦隊は壊滅し、連合艦隊はほぼ無傷という奇跡のような大勝利をおさめました。この勝利は当時ロシアの圧力に苦しんでいたオスマン帝国(現在のトルコ)においても自国の勝利のように喜ばれ、東郷元帥は同国の国民的英雄となりました。その年に同国で生まれた子ども達の中には、「トーゴー」と名づけられた子が多数あったそうです。また「トーゴー通り」と名づけられた通りもありました。
海戦時、連合艦隊の旗艦・三笠で指揮をとる東郷元帥は、一番相手の的となる艦橋に立ち続けました。砲弾やその破片が雨霰のように飛び交い、爆風によって兵士達の血や肉が飛び散る中、東郷元帥は微動だにせず、指揮をとり続けたのです。
海戦終結後、東郷元帥が艦橋を離れるとその足跡だけがくっきりと残っていたといいます。東郷元帥も一切の妄想なく〝日本を守る〟という一念のみで日本海海戦に臨んだのだと思います。
「若し懺悔せんと欲せば端座して実相を思え。衆罪は霜露の如し慧日能く消除す」
〝懺悔をしよう〟と思うならば、心を鎮め、すべての物事の真実の相を考えてみなければいけません。物事の正しい道理を仏さまの御教えの鏡に照らしてみるのです。自ずと自分の生き方の善悪の判断がしっかりとでき、正しい道に進むことができます。そうすると、罪障というものも太陽の光に照らされた霜や露のように、自然に消えていくのです。
『観普賢菩薩行法経』にはこの後「是の故に至心に六情根を懺悔すべし」とあります。
この中の「至心」が私は大事だと思います。
「至心」とは〝まことの心〟、〝素直な心〟です。これが信仰の根本だと思います。
〝素直な心〟ということでこんな話があります。
埼玉県に帯津良一先生がつくられた帯津三敬病院があります。人間を体・心・気・霊性等の結合体として見るというホリスティック医学を標榜する病院です。西洋医学、東洋医学にかかわらず、何でも良いものは取り入れている病院です。この病院には難病で苦しむ人や、末期癌などの人がよく来られるそうです。そして、多くの方が以前より良くなるそうです。
帯津先生は東大の医学部を出て、外科医として頑張っていたのですが、手術をして悪い所を取っても患者さんの術後経過があまりよくありませんでした。悩まれた帯津先生は中国に行かれました。中国の有名な肺癌の権威、辛育令先生を訪ねていったのです。
着くといきなり「手術を見に来ないか」と言われ、肺癌の手術をしている手術室に通されました。辛先生は針の達人で、針麻酔で手術をしていました。帯津先生が手術室に入っていくと、辛先生も他の先生もみんな手術の手を止めて会釈したといいます。〝中国の先生方はいきなり手術の手を止めるんだ〟とびっくりしたそうです。もう一つ驚いたのは胸を開けられた患者さんも会釈したことです。針麻酔では患者さんは覚醒しているのです。手術後に「針麻酔はすごいですね。でも、あれは確実に誰にでも効くんですか」と尋ねると、辛先生が「いい質問です。実はあれは素直な人にはすぐに効くのですが、素直でない人にはなかなか効かないのです。当然効く、効かないがあると困るので、患者さんを全員素直にするんですよ。それから針麻酔をして手術をします」と言われたそうです。素直にするために気功、特に太極拳をさせるそうです。
皆さんテレビで中国の人が太極拳をしているのを見たことがあると思いますが、これは呼吸法です。息を吐くのも、吸うのもとても長く、ゆっくりです。この呼吸法によって人間が素直になるそうです。素直になって辛先生の手術を受けるとほとんどの人の術後経過が良くなったそうです。
それを知って帯津先生も治療に気功や呼吸法を取り入れ、ホリスティック医学へと進んでいかれたのだそうです。
百五歳で天寿を全うされた、聖路加国際病院の日野原重明先生も、心と体を健やかに保つために呼吸法を日々実践されました。日野原先生は「長息は長生きにつながる」とオペラのアリアを歌うような呼吸法を取り入れておられました。
また日野原先生は「怒ることは心身の健康にとても良くありません。しかし、人間は時に怒りの感情を持つものです。そういう時は、深く息を吸ってそれを吐き切ると良いのです。また歩くことも特効薬になります。どちらも交感神経の興奮を抑える効果があるのです」と言われています。
日野原先生の健康法を知った時、プロゴルファーのタイガー・ウッズの話を思い出しました。タイガーは若い頃、本当に短気で、ミスショットをした時によくクラブを投げたり、折ったり、大声で悪態をついたりしていました。ある時コーチのブッチ・ハーモンが「そんなに怒っていると次のプレーにも影響するからできるだけ怒りは収めた方がいい」とアドバイスしました。タイガーは「怒りの感情の制御なんてできない」と言いました。それに対してコーチは「カッときたら10歩歩くように」と言いました。タイガー・ウッズは騙されたと思ってやったそうです。すると本当に怒りが収まっていきました。これは良いと、カッときたらクラブを投げるのをやめて、10歩歩くようにしました。そしてアッという間にグランドスラマーとなり、世界最強のプレイヤーになりました。
タイガー・ウッズより半世紀程前に、トミー・ボルトという選手がいました。この人はタイガー・ウッズどころではなく、本当に怒ってばかりいる選手でした。あだ名も〝サンダーボルト(落雷)〟でした。
クラブを投げる折るは日常茶飯事で、ある試合では、池越えのショートホールで打ったボールが池に入ってしまい、そのことで頭にきてクラブを池に投げ入れてしまいました。それでは収まらず、クラブは14本あるのですが、残りも全部池に投げ入れてしまいました。それでも収まらず、今度はクラブを入れていたキャディーバッグを池に投げ入れてしまいました。それでもまだ収まらず、キャディを池に突き落としてしまいました。それでも収まらず、最後には自分も池に飛び込んでしまったという、嘘のような本当の話が残っている選手です。
そのうちギャラリーがラウンド終了後にクラブが何本残っているかを賭け始めました。そのことを本人は知らず、奥さんから聞いて知ったのです。
「みんな賭けをしていますよ。私も実は賭けているんです。私は14本全部残る方に賭けています」
「じゃあ毎回負けているな」
「そうですよ。私に勝たせてくださいよ」
やはり〝奥さんに勝たせたい〟と思ったのでしょうか、次第にクラブが残るようになっていきました。その内に14本いつも残るようになりました。知らないうちにみんな賭けをしなくなったそうです。そして、元々実力のあったトミー・ボルトは世界最高峰のトーナメント、全米オープンで優勝しました。その頃に奥さんが賭けなんてしていなかったことを知りました。奥さんの方が一枚上手だったのです。
その後、シニアになってからもトミー・ボルトはゴルフを続け、優勝回数を重ねていきました。その頃には他の選手が怒ってクラブを投げると、「そういうことはするものではない」とたしなめるようになっていたそうです。トミー・ボルトは2002年には世界ゴルフ殿堂入りをしています。何事においても堪忍は大事です。
少々話がそれてしまいましたが、「妄想する莫かれ」も「端座して実相を思え」も、〝邪念を払って今現在に集中し、為すべきことを為せ〟ということです。
近年、マインドフルネスという瞑想法が若い方の間で話題になっています。グーグルやフェイスブックといった、新興の大企業では社員教育に取り入れられています。
これは具体的には、日々の心配事や不安な気持ち、他人からの評価などついつい頭に浮かんでしまうことを鎮め、今に集中する精神状態を作るための瞑想です。
効果としては集中力が高まり、心身の状態が整えられるとされています。
私達はやはり唱題修行によって心身の調和をはかり、今現在為すべきことに集中して功徳を重ねていくのが一番良いように思います。