世界で最も多くのミシュランの星を獲得したフランス料理の巨匠、ジョエル・ロブションさんは日本でもお店を何件も経営し、よく来日されていました。ロブションさんは来日当初、お寿司をばかにして「寿司なんてご飯に魚を乗せているだけじゃないか」と言っていました。
そこで料理評論家の山本益博さんが”一度、本物のお寿司を食べさせて、ロブションさんにぎゃふんと言わせてやろう”と思い、東京銀座の『すきやばし次郎』に連れて行きました。『すきやばし次郎』は安倍総理がオバマ大統領と行かれた店です。主人の小野二郎さんは世界最年長のミシュラン三つ星を持つシェフとして有名です。
『すきやばし次郎』は地下にあるお店です。ロブションさんさんは「ヨーロッパでは一流の店は地下にないぞ」と言ったそうですが、階段を下りてお店に入った途端、表情が変わったといいます。
”今まで連れて行ってもらったどの寿司屋とも違う。魚の臭いも寿司の臭いもしない。清潔でどこを見ても塵一つ落ちていない”
ロブションさんは言いました。
「うちより清潔な店は初めて見た」
席について、二つ、三つ食べた後ロブションさんは変わったことを二郎さんに頼みました。
「魚を乗せずに下のご飯だけを握ってもらいたい」
二郎さんが注文通りにシャリ(ご飯)だけを握って出すと「これこそプロフェッショナルだ。すばらしい」と感嘆の声を上げ、それ以来気に入って何度も『すきやばし次郎』に足を運んだといいます。
ある時、山本さんが開店前に店を訪れると、話の途中で二郎さんがパッと奥の厨房に行きました。「どうしたんですか?」と山本さんが聞くと、二郎さんは「実はそろそろ季節の変わり目で酢の量を変えた方が良いという夢を見たんだ。そこで厨房で味見をすると、やはり夢の通りだった。それで酢飯の量を少し変えたんだよ」
という話をされたのです。
後日、ロブションさんが『すきやばし次郎』に行った時の話です。ロブションさんが「今日のご飯はまた特別おいしいですね。ちょっと今までと酢の具合が違いますね」と言ったのです。二郎さんは聞いて鳥肌が立ったといいます。常連のお客さん達は誰も何も言わないのに、ロブションさんだけが酢の変化を言い当てたからです。
タコの握りが出た時のお話です。
ロブションさんはタコが大嫌いでした。
「スペインで新鮮なタコを食べたが、噛んでも味がしないし、硬くてゴムみたいだった。でも、尊敬する二郎さんが握るんだからいただかなきゃいけないな」
そう言ったロブションさんですが、タコの握りを口に入れると、目をまん丸にして歓喜の声を上げたのです。
「おー、ラングスト(伊勢エビ)の味がする」
「正解。タコが食べているのは甲殻類だからね」と二郎さん。
タコを食べて「エビの味がする」と言ったのは、ロブションさんが初めてだったそうです。二郎さんによるとタコの味を引き出す秘訣は、一時間揉み続けることだそうです。そうすると、タコから香りや旨味・甘みが出てくるそうです。ロブションさんは一口食べて、それを感じとったのです。
二郎さんは「ロブションさんがお店に来てくれるのはうれしいが、一番緊張する」と言っておられます。また、ロブションさんは来日すると必ず『すきやばし次郎』に行き、二郎さんの目の前の席に座って、お寿司を食べながら言われたそうです。
「ここが天国に一番近い場所だ」
フランス料理の巨匠にとって天国は思いがけないところにあったのです。
少々前置きが長くなりましたが、今回は天国(極楽)のお話です。
昔、『天国にいちばん近い島』という小説が流行りました。ニューカレドニアを舞台にした小説です。原田知世さんの主演で映画にもなり、大ヒットしました。当時「ぜひ天国に一番近い場所に行ってみたい」と、多くの日本人女性がニューカレドニアに向かいましたが、実際に行ってみると”思った程ではない””日本の方が天国に近い”と感じる方が少なくなかったそうです。
2011年、東日本大震災が起こった年、ブータンから美男美女の国王夫妻が来日されました。その時、国王は「ブータンは世界一の幸福な国をめざしています」と言われました。前国王が一般的なGDP(国内総生産)ではなく、GHN(国民総幸福量)の向上をめざして取り組んだ結果、国民の大半が”幸せだ”と感じているということでした。この時日本ではにわかにブータンブームが起こり、中には直にブータンを見てみたいと飛行機を乗り継ぎ、ブータンに行かれた方もありました。しかし、お互いの国民の価値観の相違によりやはり、日本の良さを再認識して帰国された方が多かったようです。
2012年から3月20日の国際幸福デーに合わせて毎年、「世界幸福度ランキング」という調査結果が国連から発表されています。これは6項目のアンケートに対して主観で自分の国を10段階評価してもらい、その合計点で順位をつけるものです。2020年は1位がフィンランド、2位がデンマーク、3位がスイス、以下、アイスランド、ノルウェー、オランダ、スウェーデンと北欧の国が続きました。毎年上位は北欧の国が独占しています。ちなみに日本は今年62位で、毎年順位を下げています。G7と呼ばれる先進国では、カナダ11位、イギリス13位、ドイツ17位、アメリカ18位、フランス23位、イタリア30位です。アジア諸国では台湾が25位で一番上位です。以下シンガポール31位、フィリピン52位、タイ54位、韓国61位、香港78位、中国94位です。
皆さん日本の順位に驚かれたことと思います。このアンケートは個人個人の主観に基づくものですから、いかに日本人が今の日本に満足していないかがわかります。また他所に天国を求める人がいるのもわかります。
誰もが知る有名なメーテルリンクの童話に『青い鳥』があります。チルチルとミチルという二人の兄妹がクリスマスの前夜、魔法使いのおばあさんに「幸福の青い鳥」を見つけてきて欲しいと頼まれます。そして要請に導かれながら二人はさまざまな場所で幸福の象徴である青い鳥を見つけるのですが、持ち帰ろうとするといなくなってしまいます。ところが、クリスマスの朝、二人が目を覚ますと部屋の中にある鳥かごに青い鳥はいたのです。
チルチルとミチルは、本当の幸福は手の届く身近なところにあるのだということに気付くのです。
この物語から「青い鳥症候群」という言葉が生まれました。兄妹が青い鳥を探し続けるように、現実を直視せずに理想ばかりを追い求める人のことを言います。
平安時代末期から鎌倉時代にかけて、戦乱が絶えませんでした。その戦乱に巻き込まれた庶民は悲惨な目に遭っていました。天変地異も並び起こっていました。そのような状況下で、浄土信仰が流行りました。それは「遠く離れた西方に極楽浄土がある。南無阿弥陀仏を唱えて、そこへ往生しよう」という教えです。庶民は”こんな世はもう嫌だ。早く逃げ出したい”とみんな念仏を唱えました。中には”早く浄土に行きたい”と自殺を試みる人もあったようです。
その時、日蓮聖人は「浄土はここですよ。皆さんが一生懸命に南無妙法蓮華経を心で唱え、口に唱え、そして行いにそれを移せば霊山浄土は今ここに現れますよ」と言われたのです。
室町時代の禅僧、一休禅師はそのことを「道歌」(人の道を説く歌)で教えています。
「極楽は 西方のみかは 東にも 北道(来た道)さがせ 南(皆身)にあり」
(浄土信仰では西方浄土といい、極楽は西にあるというが、本当は極楽は西のみか、東にも北にも南にもあるのだ。自らの歩んで来た道、すなわち行いや心遣いによって、いついかなる場所も極楽となるのだ)
道元禅師も大変わかりやすい道歌を遺しておられます。
「極楽は 眉毛の上の 吊るしもの あまりの近さに 見つけざりけり」
世の中には”手っ取り早く天国に行きたい””手っ取り早く幸せになりたい”という人が結構おられます。方位方角や風水に頼られる方がそれです。中には名前を変えて幸せになろうという方もあります。
歌手の五木ひろしさんは運気を変えようとして五回程名前を変えられたそうです。現在の五木ひろしは作詞家の山口洋子さんの命名で「いいツキをひろおう」という意味だそうです。五木さんは成功されましたが、それは努力の賜であって名前を変えたくらいでは運気も変わりませんし、運命はもちろん変わりません。
二祖・村上齋先生のご法話に『迷信を断つ』というお話があります。その中で村上先生は次のように言っておられます。
「この頃私に次のように申して来られた方がありました。『姓名判断で調べてもらって姓名を変えました。どうも変えても一向に善きことがないから別の姓名判断に見てもらったところ、かえってよろしくないということなので、また変えましたが、何も変わりません。そこでこの姓名判断に疑いを生じました。これはどういうものでしょう』とのことでしたが、これも一つの迷信であります。
姓名も、聞いてあまりに悪い感じを抱かれるようなものは、呼びよくて善い感じの名前にするのはよろしいが、単に名前によって幸福を得たいということが迷信であります。
昔ある人が、飼える猫は大事な猫ゆえに、何かよき名を付けんとして、名玉の玉を取ってたまと呼んだが、ある人より、玉よりも龍が良いと聞いて龍とし、また龍より雲の作用の勝ることを聞いて雲と改め、雲も風のためにはどうすることもできぬと聞いて風とし、風よりも紙、紙よりも鼠、さてはやはり猫がよかったと、結局最後は猫と名付けたという話があります。
名前によって過去の悪業を滅することはできません。
名前によって『天然不動の法身』を変ずることはできません。できなければその性質を一変することもできぬから、そんなことで幸福は来たりません。なるべく他人の喜ぶ善事を行じて堪忍したら、どんな人でも必ず幸福が来たりますから、姓名を変える必要など全くないのであります」
余談ですが、私は名前について聞かれた時、「ご両親がお子さんの幸せを一心に願ってつけられた名前はすべて善名ですよ」とお話しています。
「慈悲・至誠・堪忍」を実行する。これが幸福への一番の近道です。人に対して優しく、親切に、いつも真心を持って接していくと、自然にその功徳が自分に返ってきます。必ず返ってきます。また、「怒らない。愚痴を言わない」ことによって、魔が去っておきます。怒りや愚痴はいろいろな魔を呼び込みます。要するに不運を呼び込むのです。”いつも怒って愚痴ばっかり言っているけど、あの人は幸せそうだ”という人は世の中にいません。
幸運を呼び込むために、今いる場所を極楽にするために、三徳に加えてお心掛けいただきたいことがあります。それは「笑顔」で上機嫌でいることです。無理をしてでも笑顔を作ることが大事です。笑顔で上機嫌な人は周りを明るくします。仏頂面で不機嫌な人は周りを暗くしてしまいます。
どうか自分の周りを、世の中を、極楽にするために幸福の近道にして大道である、三徳の実行をよろしくお願いします。