心を磨いて 幸せの道を進みましょう

掲載日:2020年8月1日(土)

昨今、「ステイホーム」という言葉をよく聞きます。新型コロナウイルスの感染予防策として自宅にこもることです。インターネットに「ステイホームの楽しみ方」として、世の中の人が自宅でどのように過しているのかが紹介されていました。一番多かったのは、「特に何もしない。ゆったりと休む」でした。次が「片づけ・断捨離」「料理やお菓子作り」などで、普段やりたくてもなかなかできないことでした。また、「映画やドラマを観る」「オンライン飲み会」というのもありました。多くの人が楽しんでいるのではないかと思っていた「読書」は少数派でした。
今回は「ステイホーム」向けにお薦めの本を2冊紹介したいと思います。稲盛和夫さんの『生き方』と『心』です。稲盛さんは京セラ・KDDIを創業され、JAL(日本航空)を倒産から再上場に導いた現代の経営の神さまです。
 稲盛さんは65歳の時(平成9年)に臨済宗妙心寺派の円福寺で得度されています。法名は「大和」です。今回、紹介する2冊の本は両方ともサンマーク出版から出ています。サンマーク出版の編集長が、現代の経営の神さまが自らの心を磨くために仏門に入ることに対して興味を持ち、稲盛さんに執筆を依頼したのが『生き方』です。この本は2004年に出版されたのですが、現在までずっとロングセラーを続けていて、134万部を超えているそうです。稲盛さんの実体験をもとに、いかに生きるかが語られている本ですが、内容はずばり稲盛哲学です。

「生まれたときより少しでも善き心、美しい心になって死んでいくこと。生と死のはざまで善き思い、善き行いに努め、怠らず人格の陶冶に励み、そのことによって生の起点よりも終点における魂の品格をわずかなりとも高めること。それ以外に、自然や宇宙が私たちに生を授けた目的はない。したがって、その大自然の前では、この世で築いた財産、名誉、地位などは、いかほどの意味もありません。いくら出世しようが、事業が成功しようが、一生かかっても使い切れないほどの富を築こうが、心を高めることの大切さに比せば、いっさいは塵芥のごとき些細なものでしかないのです」

(『生き方』より)

この本は日本で134万部以上売れていますが、中国では何と400万部も売れているそうです。さらに驚くのは海賊版が2000万部も売れていることです。夜になるとあちこちの露店で海賊版が売られているのです。つまり、中国では2400万人以上の人が稲盛さんの『生き方』を読んでいるということになります。
 稲盛さんが中国に講演に行かれると、どの会場も「稲盛さんの生の声を聴きたい」という人で超満員だったそうです。中国は孔子を生んだ国ですが、中国人の心の中には稲盛さんの考えに共鳴するものがあるのだと思います。

『生き方』が出版されてから五年後、次の本『心』の出版を自ら希望された稲盛さんに対し、編集長は大賛成したのですが、出版に到る前に一度中断しています。それは、経営の第一線から離れておられた稲盛さんが、経営破綻したJALを再生するために同社の会長に就任されたためです。
 当時、世間では「JALは必ず二次破綻するだろう。誰がやっても絶対に再生は無理だろう」と言われていました。稲盛さんの周囲の人達も否定的に見ていたようです。
「JALの再生がもし失敗したら、今まで稲盛さんが言ってこられたことや、教えてこられたことがすべて否定されてしまいますよ」
「晩節を汚すことになるからやめた方がいい」
 それに対して稲森さんは言われました。
「JALがなくなると、航空業界の大手は全日空だけになります。競争原理が働かなくなってしまうんです。それは日本国民のためになりません。何よりもこの仕事はJALの社員とその家族のためには意義のあることだと思います。そして誰もやりたがらない仕事だからこそ、やろうと決断したのです」

 当時は民主党政権でした。JAL再生を担当する国土交通大臣の前原誠司さんは京都選出の代議士で、稲盛さんとは旧知の仲でした。前原さんは「この窮地に立って、お願いできるのは稲盛さんしかいないのです。お願いします」と劉備が諸葛孔明を三顧の礼をもって迎えたように、前原さんは稲盛さんのところに何度も通って頼まれたそうです。

稲盛さんは会長に就任するとすぐ、飛行機の尾翼に「JAL」とだけ書かれていたのを、昔の「鶴丸」に戻しました。「鶴丸」は日の丸と日本を代表する鳥である鶴をモチーフにしたものです。これこそがナショナル・フラッグ・キャリア(国家を代表する航空会社)JALだということで戻されたのだそうです。
 稲盛さんは会長職を引き受ける際に一つだけ条件を出されました。それは「無報酬」です。そして、“自分は素人だから航空業界のむずかしいことは何もわからない。自分にできることは社員の心を変えることだ”と考え、最初に取り組んだのがリーダーの心の教育でした。リーダーの人格を高める教育をされたのです。稲盛さんは常々言っておられます。
「会社というものはリーダーの人格以上のものにはならない。リーダーの器の大きさ以上にはならないのです。だからリーダーの心の器を大きくしないといけないのです」

稲盛さんは直接、JALのリーダー達に語られました。
「常に明るく正直でなければならない」「常に謙虚さを忘れてはならない」「常に今あることに素直に感謝し、その思いを“ありがとう”という言葉や笑顔で周囲の人達に伝えなければいけない」「常に利他行を積み重ねていけば運命は必ず良き方向へ変わる」
 誰もがよく知っていることです。人間としての基本です。JALの幹部社員も「そんなこと知っていますよ」と言ったそうです。また「まるで小学校の道徳の授業じゃないか」と反発する人もあったそうです。しかし、稲森さんは繰り返し、この法音寺の三徳の教えのような話をJALの幹部社員達に話されました。その内に“自分達は人間として大切なことができていなかったから、こういう事態になったのだ”という思いに到る人が増えて、段々と幹部社員が稲盛さんに心を開いていったといいます。
 稲盛さんはお客さまと直接接する客室乗務員やパイロットの心のありようは、そのまま会社の行く末を担う大きな鍵を握っていると考え、客室乗務員やパイロットにも直接話をされました。
「お客さまに、〝またJALの飛行機に乗りたい〟と思ってもらえるように接してください。大切なのは皆さんの心です。おもてなしというのは心です。形ばかりのおもてなしではなく、お客さまに対する感謝や親切、優しさや思いやりがこもってなくてはなりません。会社の再生はそこにかかっています」

「疾風に勁草を知る」(※)と言いますが、稲盛さんが会社の変化を実感されたのが、2011年の東日本大震災の時です。「勁草」となっていたJALは、瞬時に震災復興に向けて立ち上がったのです。
「JALの総力を挙げて、東北に救援物資を送り続けよう」を合言葉に全社一丸となって、無傷の山形空港にJALの社員が全国から集結しました。受け入れ体制を整え、全路線を組み替え、山形空港に向けて臨時便を飛ばしに飛ばしたのです。その数、実に2723便、前年に経営破綻した会社とは思えない、それ以上に以前のJALでは考えられない迅速な動きでした。事例をいくつか紹介します。
 当時、仙台空港が水に浸かり、陸の孤島と化していました。JALの飛行機も止まったままになりました。そこに地元の人達が避難をしてくると、何も指示がなかったのにJALの職員皆が地元の人々に食料や毛布を配りました。また、ある客室乗務員は機内に長時間閉じ込められた乗客のためにご飯を炊き、あたたかいおにぎりを握って配りました。日本赤十字社の救援スタッフが被災地に向かう時には、その人達を乗せた飛行機の機長が心あたたまる慰労のアナウンスをしました。そして、客室乗務員が労いと励ましのメッセージを書いて、救援スタッフの荷物の中にそっと差し入れたそうです。

こんなこともあったそうです。高齢の婦人が「関西の家族のもとに帰りたいけど乗るはずの飛行機は飛ばないし、どうしていいかわからない」と困っていました。そこで非番だった職員が「私が一緒に行きましょう」と、帯同して関西まで送り届けたといいます。

こうして稲盛さんによる心の改革がどんどん進んでいき、あっという間にJALは劇的なV字回復をし、二年半余りで再上場を果たしたのです。

 稲盛さんはJALの立て直しが終わった後に『心』を再度執筆されますが、その時、「JAL再生の中でつかんだ経営の極意のようなものについて書きたい」とサンマーク出版の編集長に伝えられたそうです。

『心』のプロローグには次のように書かれています。
「これまで歩んできた八十余年の人生を振り返るとき、そして半世紀を超える経営者としての歩みを思い返すとき、いま多くの人たちに伝え、残していきたいのは、おおむね一つのことしかありません。それは『心がすべてを決めている』ということです。
 なかでも人がもちうる、もっとも崇高で美しい心。それは、他者を思いやるやさしい心、ときに自らを犠牲にしても他のために尽くそうと願う心です。そんな心のありようを、仏教の言葉で『利他』といいます。
 利他を動機として始めた行為は、そうでもないものより成功する確率が高く、ときに予想をはるかに超えためざましい成果を生み出してくれます。
 事業を興すときでも、新しい仕事に携わるときでも、私は、それが人のためになるか、他を利するものであるかをまず考えます。そして、たしかに利他に基づいた『善なる動機』から発していると確信できたことは、かならずやよい結果へと導くことができたのです」

また別のところにはこう書かれています。
「人の心の奥には『魂』といわれているものがあり、そのさらに奥深く、核心ともいうべき部分には、『真我』というものがある。それはもっとも純粋で、もっとも美しい心の領域です。利他の心、やさしく美しい思いとは、この真我の働きによるものです。そしてその真我とは、万物を万物たらしめている『宇宙の心』とまったく同じものである、と私は考えています。つまり、人の心のもっとも深いところにある『真我』にまで到達すると、万物の根源ともいえる宇宙の心と同じところに行き着く。したがって、そこから発した『利他の心』は現実を変える力を有し、おのずとラッキーな出来事を呼び込み、成功へと導かれるのです。宇宙には、すべてのものを幸せに導き、とどまることなく成長発展させようとする意思が働いています」

「真我」とは「仏性」です。〝心を磨いていくと必ず仏性が現れる〟ということです。そして「宇宙の心」とは「仏さまの心」です。私達が一生懸命にお題目を唱え、三徳を実行していくと、自然に心が磨かれ、さまざまな煩悩が取れて仏性が現れ、仏さまとつながるのです。そうなった時、願わずともすべての物事は良い方向に向かい、幸福・繁栄の道を進むことができるのです。

※疾風に勁草を知る
 困難に直面したときに、はじめてその人の意思の強さや節操の堅固さがわかることのたとえ。