一時期、新型コロナウイルスの感染が拡大する中、行政の休業要請の対象外の店にまで「なぜ営業するのか」と抗議する人達がいました。外出を楽しんでいる人を見かけると、警察に通報する人もありました。
マスコミなどでは、こういう他人の行動を監視する人達を「自粛警察」と呼んでいました。病気の蔓延によって人間関係までも蝕まれていくのは避けたいものです。苦しい時、つらい時程、私は人間同士の潤滑油として笑いやユーモアというものが必要だと思います。
第二次世界大戦中、ナチスのアウシュヴィッツ強制収容所に入れられ、そこから奇跡的に生還し、その体験を『夜と霧』として発表した精神医学者ヴィクトール・フランクルは著書の中で「ユーモアは自分を見失わないための魂の武器だ」と言っています。フランクルは仲間達に、毎日、義務として最低一つは笑い話を作ることを提案しました。それも、「いつか解放され、ふるさとに帰ってから起こるかもしれないことを想定して笑い話を作るように」と。
ある仲間は、「ここを出て夕食に招かれた先でスープが給仕される時、ついうっかりその家の奥さんに、作業現場で昼食時にカポー(収容所の監視役)に言うように、豆が幾粒か、できればじゃがいもの半切れがスープに入るよう、『底のほうからお願いします』と言ってしまうんじゃないか」と言って皆の笑いを誘ったそうです。
あのアウシュヴィッツの中で笑いがあったというのは大変な驚きですが、極限の状況下だからこそ笑いが必要だったのだと思います。
笑いやユーモアは前を向く力、明るさを生み出します。
御開山上人に次のようなエピソードがあります。
日本福祉大学の前身である中部社会事業短期大学設立にあたって、御開山上人は「学生からの授業料はできるだけ安く、教職員の給料は国公立大学並みに高くする」と公約されました。これは志の高い学生、優秀な教職員を集めるためでした。大学経営にあって大いに期待されていたのが、当時の厚生省を通しての国庫補助でした。しかし補助金は全く支給されませんでした。朝鮮戦争勃発によって連合国側から自衛軍を作るよう要請された結果、政府は社会保障関係費を削減せざるを得ず、その影響をまともに受けたのです。大学の設立と維持が、杉山先生の遺志を受け継いだ御開山上人の悲願でした。御開山上人は信徒の念願であった新本堂建立資金や供養金など寺の蓄えのすべてを大学運営につぎ込まれました。しかし、それでも足りず、銀行から借入れをし、時に約束手形を振り出されました。その事情を知った信徒の中には居ても立ってもいられず、山林や田畑を売ったお金を風呂敷につつんで御開山上人に届けた方があったそうです。
開学から4年目の昭和31年の暮れ、法音寺の本堂で教職員の忘年会が開かれました。資金難は解消されず、楽しいはずの忘年会に重苦しい雰囲気が漂っていました。その会の冒頭、挨拶に立った御開山上人は「大学の財政は今や火の車であります。しかし、火の車は回るところが妙であります」とからりと言われ、一同大爆笑となったといいます。こういう場ではなかなか言えることではありません。この物を苦にしない明るさが日達上人に引き継がれ、後の大学の大発展につながっていったと私は思います。
皆さん御存じのものまねタレントのコロッケさんは、ある疑問をずっと心の中に持っていたそうです。それは〝自分は人の役に立っているのだろうか〟ということです。この悩みに変化があったのが東日本大震災後に石巻を訪問した時です。
居ても立ってもいられず、コロッケさんは震災から十日後に救援物資を持って、現地に入りました。避難所となった体育館で、一般のボランティアに混ざり、炊き出しの手伝いをしていた時、列に並んでいた年配の女性が、コロッケさんを見つけて声をかけました。
「なんかやってよ」
「いや、今は大変な時ですし」
「私、もう十日間も笑ってないの」
こんなやりとりの後、コロッケさんは〝やっていいのだろうか〟と思いながら、恐る恐る森進一さんの『おふくろさん』のものまねをしたところ、近くにいた人も笑ってくれ、小さな笑いの輪がそこにできました。すると、次々に「こっちでもお願い」という声があちらこちらから上がりました。
震災から十日後の緊張感の張りつめた避難所に、笑いによってあたたかな空気が流れはじめたようにコロッケさんは感じました。そして、その光景を見て〝ああ、このために僕はものまねをやっていたんだ。ものまねで笑ってもらうのは僕の使命だ〟と確信したそうです。
その後、コロッケさんはより力強く救援活動をしておられるのですが、ある避難所での話です。
「コロッケが来たよ」と聞いた人が、「コロッケ~」と叫びながら、コロッケさんの方へ走って来ました。そして、コロッケさんを見るなり「なんだ、あんただったの」とひと言。その人は食べるコロッケを求めていたのです。それ以来、コロッケさんは被災地を訪れる際に必ず本物の食べるコロッケを持参しているそうです。
昨今、笑いは体に良いということで、医療現場でも笑いを活用しているお医者さんが少なくないと聞きます。笑うと癌や糖尿病・高血圧などの生活習慣病の予防や改善につながり、笑うことで何よりも心が強くなって、前向きに生きる活力が出てくるのだそうです。
61歳で真打に昇進した遅咲きの落語家・立川らく朝さんは内科のお医者さんでもあります。らく朝さんが落語家になって間もないころ、慶應義塾大学病院の内科に勤務していました。ある日、看護師長さんから「ぜひ病院の研究会で落語をやって欲しい」と頼まれました。どんな研究会か聞くと、「癌性疼痛研究会」とのことでした。癌は進行すると骨転移などで激しい痛みを伴うことがあります。その痛みをどう緩和ケアするかを勉強する会でした。「でも、どうしてそこで落語をやるのか」と尋ねると、看護師長さんは言いました。
「現場に行くと私達は笑顔がなくなっちゃうの。でも、患者さんのためにも私達に笑顔がなくなったら駄目なの。だから、らく朝さんに時々笑わせてほしいの。お願い」
この趣旨に大いに賛同したらく朝さんは、快く引き受けました。
いよいよ初日、指定された教室のドアを開けると中は真っ暗。スライドを映しながら症例報告の真っ最中です。演題を見てびっくり。「最期まで救済し得なかった癌性疼痛の一例」というこれまた暗い演題で、教室全体もドヨ~ンとした雰囲気です。らく朝さんは思いました。〝こんなところで落語をするのか…〟
症例報告が終わると教室が明るくなりました。しかし、雰囲気はドヨ~ンとしたままです。そこで看護師長さんが、幽霊が出そうな声で言いました。
「では、らく朝さん、どうぞ落語をお始めください」
らく朝さんはその雰囲気にめげず、病院のスタッフや患者さんのために必死で落語をやったところ、大ウケし、大好評だったそうです。らく朝さんの言葉です。
「患者さんの闘病のストレスを少しでも和らげ、前向きに生きる活力を生み出すのに笑い程効果のあるものはありません。笑っている時は誰でも幸せな顔をします。笑うと幸せになるんです。笑っている時は誰でも麻薬中毒患者になるんです。物騒な物言いですが、あながち外れてもいません。笑うことによって脳の中にβエンドルフィンという物質が分泌されるんです。これが麻薬と同じ物質なんです。βエンドルフィンは脳内麻薬ともいわれ、実際に本物の麻薬であるモルヒネの何倍もの鎮痛効果があるのです。またβエンドルフィンは強烈な幸福感をもたらしてくれます。こんなすごい物質が笑うと脳内にどんどん出るのです。みんな幸せな顔になるのは当然のことなんです」
以前、法音寺で講演をしていただいた医師の高柳和江先生は「笑医塾」という塾の塾長をしておられます。高柳先生は「病院にこそ、そして医師にこそ笑いは必要だ」と言われました。患者さんやその家族は病気を抱えて不安な気持ちで病院を訪れます。そういう人達にとって、医師のやさしい言葉や笑顔は、この上ない安心となるからです。
「心配いりませんよ」「大丈夫ですよ」「安心してください」と笑顔で語りかけられれば、自ずと患者さんの免疫力も上がります。
私はお寺も同じだと思っています。〝法音寺に来られたら、もう安心〟と思っていただけるように、私達が信者さんに接しなければと思います。
高柳先生が最初に「笑い」の「医力」を知ったのは、中東のクウェートで働いていた時だそうです。日本人に比べて、クウェートの患者さん達の怪我や病気の治りが早いことに気づき、やがて何が違うのか、わかったのです。クウェートの病院では、患者さんもお医者さんもみんな笑顔だったのです。
高柳先生が一番影響を受けたのが、インド生まれで小児外科医のリラ・カピラ先生でした。カピラ先生は小児外科発祥の地であるイギリス・ロンドンの小児病院で活躍し、勲章をもらう程のすご腕の医師でした。
この先生が患者さんに対して、大げさに見えるほどの表情を作って、ニコッと笑いかけるのです。新生児にまで笑いかけるカピラ先生に高柳先生が〝新生児には通じないのでは〟と思って見ていると、新生児も笑うのです。それだけではありませんでした。その親や看護師さん達までみんな笑っているのです。お互いに笑い合うことで心が通じ合うのです。
高柳先生は言われます。
「笑いは人間を最も幸せな気持ちにしてくれるものです。中でも古代ギリシアの哲学者・アリストテレスの言う〝エウダイモニア〟的な笑いが大事です。これは、〝理性がもたらす幸福〟という意味です。享楽的な笑いではいけません。心から笑えないのです。生き甲斐を感じた時に出る喜び、それに伴う心からの笑い、一生懸命努力した後に出る笑顔、感動した時の微笑み、こういう笑いが大事なのです」
近年アメリカで、生き甲斐があって心から笑える人は免疫力が高まり、ウイルス性疾患にかかりにくい遺伝子が発現するというデータが発表されています。
皆さん、ぜひお題目を唱え、三徳を実行して、その喜びの笑顔で新型コロナウイルスを成仏、終息させましょう。