”世のため、人のため”という心

掲載日:2018年3月1日(木)

徳を貯めれば上手くいく

『クローズアップ現代』というNHKの番組で、最近の景気の良さ、世界株高が本物かどうかということが論じられていました。ヨーロッパではドイツの株が高く、アメリカは史上最高値、日本もバブル期以降最高値を更新しています。それでも物価が上がらない現在のこの状況を「適温経済」と呼ぶそうです。

番組の中では、この株高はさらに続くのかどうかで意見が分かれていましたが、年はじめの経済関係の番組ではこの株価の予想というのがよくされます。私が毎週観ている『がっちりマンデー‼』という番組では近年、ニトリの会長さんが度々予想をあてられています。それで財界千里眼と呼ばれているようですが、二年程前に亡くなられた「タマゴボーロ」で有名な竹田製菓(現・竹田本社)の前会長・竹田和平さんも同番組の中で神がかり的によくあてておられました。

一番びっくりしたのは、リーマンショック前後の株価を言いあてられたことです。誰もわからなかったリーマンショックを予見していたのです。あの大騒動にも微動だにしなかったそうです。

そんな竹田さんも、バブル崩壊の時には予測を大きく外したことがあったのです。竹田さんはあの山一證券の個人筆頭株主でした。山一證券は皆さんもご存知のように倒産してしまいました。竹田さんは最後まで株を売らずにいて大損したのです。

どうして竹田さんは大失敗し、また復活できたのか、『日本一の大投資家から教わった人生でもっとも大切なこと』という本で、竹田さんのことを読みました。この本は、本田晃一さんという方が竹田さんに弟子入りし、教えを請うという体験が書かれています。

竹田さんはお父さんから竹田製菓を継いだ二十代の頃から株式投資を始めました。なかなか最初は上手くいきませんでした。そこで、“商売というのは『世のため、人のため、自分のため』だから、株式投資もその精神でやってみよう”と思い、実践しました。すると非常に上手くいくようになったのです。しかし、上手くいくようになった時にやってきたのがバブル崩壊です。当時、山一證券の個人筆頭株主だった竹田さんは、十五億円もの損失を出してしまいました。そんな多額のお金を失ってしまったらとてもショックだったろうと思い、本田さんが竹田さんにその胸の内を聞いてみると「いや、それ程ショックでもなかった。これはなにか天からの啓示だなと思った」と答えられたそうです。竹田さんはその後、所有する大企業の株をすべて売りました。それで、投資をやめたのかというとそうではありません。

これまでは“世のため、人のため、自分のため”だったけど、この自分のためを抜くことにして“世のため、人のため”の二つにした。大企業の株をすべて売って、中小企業の株を買うことにした。私も中小企業の社長だから、その会社の社長さん達の気持ちがよくわかる。資金繰りが大変だし、ちょっとした経済状況で会社が傾く。そういう社長さん達を残ったお金で応援したい。だから自分の欲、我欲というものを一切なしでやろうという気持ちであらためて投資を始めたんだ。すると、あっという間に百社の大株主になっていたんだよ」

その後、それらの会社の社長さん達が竹田さんのところに指南を受けにくるようになりました。そこで竹田さんは、来る人が上手くいってなくても、一切責めたりしませんでした。

また、“相手を否定しない。支配しない”のが竹田さんの方針です。ただその会社の社会における存在意義を伝える。お客さんをどう喜ばせればよいのかを伝える。社長と会社の良い部分を徹底的にほめる。皆さん励ましてもらいたくて、またほめてもらいたくて竹田さんのところに来たのです。

竹田さんはご自分の経験から、“徳を貯めれば投資も会社経営も上手くいく”という考え方を広められました。講演会である人が竹田さんに質問をしました。

「どういう会社に投資したら儲かりますか?」
「徳のある会社に投資したらいいね」
「徳のある会社をどうやって見抜けるんですか?」
「自分が徳を積まんとわからんわね。相手の徳は見抜けんね」

我欲に染まった人には我欲の人ばかりが集まります。徳を積んでいる人のところには徳の人が集まります。徳を積んでいると自然に、“ああいう会社を応援したらいいな”というのがわかるようになるんだと思います。

竹田さんは西郷隆盛が好きだったそうです。ある日の話です。「西郷さんはどうしてあんなにたくさんの人を惹きつけたのか。それは西郷さんに我欲がなかったからだよ。我欲がない人は真空なんだよ。孫悟空が持っているひょうたんは中が真空になっているから、蓋を開けると何でも吸い込まれてしまう。西郷さんも同じで真空だから、“世のため、人のため”で我欲がないからみんなを吸いよせたんだよ」

西郷さんは西南戦争で賊軍、国賊として亡くなり、永くその汚名が返上されませんでした。しかし大日本帝国憲法発布の大赦で赦され、西郷さんの人柄を愛した明治天皇によって正三位を追贈され、後に旧薩摩藩士が中心となり寄付を募って、東京・上野に銅像が建てられました。

山形の庄内藩の人々も西郷さんの大ファンでした。庄内藩は戊辰戦争で最後まで幕府軍として戦い抜きました。しかし他の藩が次々に降伏したので、庄内藩もしかたなく降伏しました。その時に西郷さんは官軍の総大将でしたが「よくやった。よく忠義を尽くした」と何のおとがめもなしでした。それ以降、庄内藩の人々は西郷さんのことが大好きになり、後に遺訓集『南洲翁遺訓』を作って明治天皇に献上しました。西郷さんのことが大好きだった明治天皇は、『南洲翁遺訓』を手にされ、目頭を熱くして喜ばれたそうです。そして一言「我が西郷を再び得たり」と仰られたそうです。

「ありがとう」は奇跡の言葉

竹田さんに話をもどします。竹田さんは、商売の秘訣を人から聞かれた時に「みんなそんな簡単なことがわからんのかね。お客さんを喜ばせればいいんだがね。商売はお客さんに本当に喜んでもらえるようにするだけだがね」と言われています。

それは製品にもあらわれています。竹田製菓のタマゴボーロは有精卵を使っています。有精卵と無精卵では値段が倍程違います。普通はお菓子には無精卵を使うそうです。焼いてしまえば味があまりわからないからです。ところが竹田さんはずっと大昔から有精卵を使ってきました。その理由を聞かれると「天が見ておられるがね。もし天が見ておられんでも、自分が知っとるがね。自分を欺くことはできんよね。嫌なものを混ぜて売ったら、自分が気持ち悪いがね」と言われています。

また竹田さんは「『ありがとう』は奇跡の言葉ですよ。成功をめざすなら、感謝の言葉『ありがとう』を習慣にしてしまうのが一番の近道ですよ」と言われています。「私は一日三〇〇〇回の『ありがとう』を習慣にしてからというもの、あらゆることがいいタイミングで起こるようになりました」とも言われています。そして、人間関係に悩む人には「人をコントロールするのをやめて、みんなに感謝してみてください。すぐに悩みが解決しますよ」とも言われます。

竹田さんは幼稚園や保育園に行って、邪気の無い子ども達に「ありがとう」をたくさん言ってもらって、それを録音してタマゴボーロに聞かせたそうです。工場でスピーカーで流したのです。タマゴボーロの中に奇跡の言葉「ありがとう」が入って、おいしくなるだけでなく、食べた人が気分が良くなるのだそうです。

祈りを込める

北川八郎さんという「繁栄の法則」を説く経営コンサルタントの方がいます。北川さんの講演会は若手の社長さんであふれています。ある時、講演会にパン屋さんがやってきました。

「先生に一つお聞きしたいことがあります。一生懸命パンを作っていますが、何かもう一つ足りない気がするんです。それを教えてもらえませんか」
「どんなパンをめざしていますか」
「みんなに『おいしい』と言ってもらえるパンをめざしています」

北川さんは持参されたパンを食べてみました。

「とてもおいしいパンですね。もう一つ足すとすれば、作る時にこのパンを食べた人の心が安らぐように、癒されるように、悲しみを持っている人は悲しみがなくなるように、そういう祈りを込めてパンを作られたらどうですか」
「わかりました。良いことを聞きました」 

パン屋さんは喜んで帰っていきました。

それからは、たくさん売ろうと思わないのに、どんどん売れるようになったそうです。

北川さんは陶芸家でもあります。

北川さんは、器を作る時に、「この器を手にする人に、神の恵みがありますように。病の人は、病が軽くなりますように。怒りの人は怒りの森から抜け出られますように」と祈るそうです。

東京のデパートで個展をした時のことです。奥さんのために器を買った男性から苦情の電話が入りました。内容は、購入したトマトで創った釉をかけた湯呑みを、最近目を悪くしている奥さんが手に持つなり、涙を流して「この器はなんてやさしいの」と言ったというのです。それで男性は、変な器ではないかと疑って電話をしてきたというのです。

岡山に「わら」という民宿があります。

そこの自然食料理を食べると、あらゆる病気が治ると評判で、多くの人達が次々とやって来ては治って帰っていくそうです。

そこの主人、船越康弘さんも言われます。

「食品の質を上げるのは作る人の想いであり、料理の質を上げるのは料理をする人の想いです。私は二十歳から今まで四十年間、一日も欠かさず料理を始める前にいつもこう言ってきました。『天地のお恵みとこれを作られた方のご愛念を感謝して料理させていただきます。この食べ物が私達の体の中に入って、自他ともにお役に立ちますように。ありがとうございます』」

この言葉によって、想いによって、「わら」の料理はおいしくなり、特別な力を持つようです。

どんな物にも心は入ります。あらゆる仕事は、ただ物を作ったり売ったりするだけでなく、その中に善き祈り、心を込めることが大切だと思います。

竹田さんは“お客さんを喜ばせよう。中小企業の社長さん達を励まそう”とそれだけをやってきたら未来が見えるようになったそうです。我欲がないと人間は先が見えるようになるのです。我欲が強いと目の前に落とし穴があっても見えません。

脳科学者の岩崎一郎博士によりますと、人間には未来予測を司る「大脳島皮質」という脳回路があるそうです。この脳回路の活性が高い人程未来予測が的確にできるそうです。この活性を高めるためには「謙虚にして驕らず、人に対していつも思いやりの気持ちをもつ」ことが大事だそうです。言うまでもなく、菩薩の心、三徳の実行が肝心ということです。