「積小為大」のこと
人は誰でも、夢を叶えて人生において成功したいと思っています。これは昔も今も変わらないことです。
杉山先生が『出世の意義』という御法話の中で述べられているとおりです。
「皆様方はどなたも出世がしたいと思われるでしょう。
さて、出世とは如何なることを希うことかと申せば、万人に愛され、立派な家に住み、資産も富有にして、男子なれば八方美人の慈悲深き良妻を娶り、賢き子どもを得て、いずれも立派に教育し、すべてに満足し、喜びのうちに八十歳、百歳までも長生きし、死しては金色と紫の無上道に到る、これなれば誠の幸福でありましょう。だれも願う極楽でしょう」
以前、『成功哲学』という本を皆さんに紹介しました。今、その系統の本が書店には無数にあります。近年『ザ・シークレット』という同じタイプの本がまたベストセラーになりました。定期的に同様の本がベストセラーになっているようですが、それくらい多くの人が成功を求めているのです。
「成功本」のエッセンスはだいたい決まっています。まず“叶えたい夢を明確にする”。これをビジュアライゼーションと言います。具体的に映像化してイメージするということです。
次は“その夢を実現させるために何を犠牲にするかを決めなさい”と書いてあります。いくらイメージをしっかりさせても、人と同じことをしていては成功は覚束ないと思います。当然ですが、イメージするだけではなく、努力をしなければいけません。例えば受験生でしたら、みんなが八時間寝ているところを自分は四、五時間の睡眠で頑張るといったようなことです。
次は、“いつまでに達成するのか期限を決め、それに従って中期・短期の目標を設定して行動する”です。分かりやすく言いますと、“一億円貯めたい”と思ったら、いつまでに五千万円、いつまでに三千万円というふうに、目標を定めて努力しなければいけないということです。一番よくないのは「いつか」です。「いつか」は永遠に「いつか」なのです。
こうしたことを紙に書き、見えるところに貼ったり、いつも持ち歩いて一日に何度も見るとか、起床後と就寝前にそれを声に出して読み、成功している自分を常に強くイメージするといいと言います。
強く願えば願うほど、はっきりとイメージすればするほど、必要な情報が入ってくるようになるのです。“こうするとそこに近づけますよ。こういうことをすることが近道ですよ”ということが、自然に入ってくるのです。
「学びの前に書来る」と言います。一生懸命勉強しようと思っているとそれに必要な本が手に入るということわざですが、それと同じです。強く願えば願うほど、必要な情報なり手段が必ず手に入るのです。
実際にこれらをやれば、ほとんどの人が夢を叶えられると思います。しかし、実際に成功した人は、本を読んだ人の一パーセントにも満たないようです。なぜかというと、本を読んでも、実際に実行する人はほとんどいないからです。これは三徳の実行とよく似ています。「慈悲・至誠・堪忍は良い」とわかっていても、なかなか実行できません。知っていることと、実際にやっているということは全く違うのです。
『二宮翁夜話』という本があります。私は真の日本版『成功哲学』だと思っています。
二宮尊徳という人は、江戸時代に疲弊した村々を次々に復興させた、現代で言えば「再建王」のような人です。『二宮翁夜話』の中に「積小為大」という非常に有名な教えがあります。
「小を積んで大と為すの論。翁曰く、大事をなさんと欲せば、小なることを、怠らず勤むべし。小積もりて大となればなり。凡そ小人の常、大なることを欲して、小なることを怠り、出来難きことを憂ひて、出来易きことを勤めず。夫れ故、終に大なることあたはず、夫れ大は小の積んで大となることを知らぬ故なり」
“誰でも大きな夢を抱いているが、その大きな夢も、小さな努力の積み重ねであることを多くの人(小人)は知らないから、うまくいかないと嘆いてばかりいる。小さな努力を積み重ねていけば自ずと大きな夢は叶うものだ”ということです。そして、より具体的に「譬ば百万石の米と雖も、粒の大なるにあらず。万町の田を耕すも、其の業は一鍬づゝの功にあり。千里の道も一歩づゝ歩みて至る。山を作るも一簣の土よりなることを明かに弁へて、励精小なることを勤めば、大なること必ずなるべし。小なることを忽にする者、大なることは必ず出来ぬものなり」と言っています。
大リーガーのイチロー選手は、「成功哲学」と「積小為大」を子どもの頃から実践していました。以前にも紹介した、イチロー選手が小学校六年生の時に書いた作文です。
「僕の夢は一流のプロ野球選手になることです。そのためには中学、高校と全国大会に出て活躍しなければなりません。活躍できるようになるためには練習が必要です。僕は三歳の時から練習を始めています。三歳から七歳までは半年くらいやっていましたが、三年生の時から今までは三百六十五日中三百六十日は激しい練習をやっています。
だから、一週間中で友達と遊べる時間は五、六時間です。そんなに練習をやっているのだから、必ずプロ野球の選手になれると思います。そして、その球団は中日ドラゴンズか、西武ライオンズです。ドラフト入団で契約金は一億円以上が目標です。僕が自信のあるのは投手か打撃です。
去年の夏、僕たちは全国大会に行きました。そしてほとんどの選手を、見て来ましたが自分が大会ナンバーワン選手と確信でき、打撃では県大会四試合のうちホームラン三本を打ちました。そして全体を通じた打率は五割八分三厘でした。このように自分でも納得のいく成績でした。そして僕たちは一年間負け知らずで野球ができました。だから、この調子でこれからもがんばります。
そして、僕が一流の選手になって試合に出られるようになったら、お世話になった人に招待券を配って応援してもらうのも夢の一つです。
とにかく一番大きな夢はプロ野球選手になることです」
イチロー選手は小学校六年生の時点で、“自分は必ずプロ野球選手になる。間違いない”という確信のもとに作文を書いています。夢に対して全く迷いがありません。
だいたい人間には、自己不信とか自己否定ということがあるものですが、彼にはそういう迷いが全くありません。
松下幸之助さんが「夢を見ることは重荷を背負うことだ」「大きなことをやり遂げようと思ったら、必ず我慢しなければいけないこと、耐えなければいけないことがたくさんある」ということを言われていますが、イチロー選手は子どもの頃からそれを実践していたのです。そしてイチロー選手が何よりすごいと思うのは、この時もう「報恩の心」を持っていることです。「お世話になった人を招待する」と言っています。すごいことだと思います。
『イチロー語録』という本があります。その中に「ここまで来て思うのは、まず手の届く目標を立て、一つひとつクリアしていけば、最初は手が届かないと思っていた目標にもやがて手が届くようになるということです。今、自分にできること、頑張ればできそうなこと、そういうことを積み重ねていかないと遠くの目標は近づいてこない。夢や目標を達成するには一つしか方法はない。小さなことを積み重ねることだ」と書いてあります。まさに二宮尊徳翁と同じことをイチロー選手は言っているのです。
イチロー選手が日米通算三千本安打を達成した時、ある記者が「次の目標はなんですか」と聞きました。すると「もちろん次の一本を打つことです」と答えたそうです。また、別の時には「一試合終わって良いヒットが打てたら、まずそれで満足するんです」とも言っていました。
京都大学の鎌田浩毅先生が「一流と呼ばれている人は、何か途方もない目標を達成するまで満足しないという、ストイックな姿勢の持ち主だと普通思われていますが、実は違います。本当は、彼らは大きな目標を達成する前に先に満足しているのです。その満足が『目標達成』を次々と呼び込むのです。小さな目標を達成するために、一回一回きちんと満足することが大切なのです。満足することで次の目標が見えてきます。一つずつ満足して初めて、もっとこうしたいという欲が生まれてくるのです」ということを言われています。
若い女性が自分へのご褒美でおいしいものを食べるとか、何か欲しかった物を買うという話を聞きますが、鎌田先生の話によるとそれも良いことのようです。
法音寺には始祖伝来の「今日一日の教え」があります。
これは一番わかりやすい成功哲学です。“一日一日を精一杯生き、そして、喜びと感謝で一日を終えよ”という教えです。この教えを実行し続けて行けば誰でも、求めずとも自ずから「積小為大」を為せるのです。
誰でも大きな夢を抱かなければいけないと思いますが、すべては「積小為大」です。